7200 富岡町と大熊町を見る
富岡は何度か来ているが、車で来たのは初めてなので、朝から少し足を延ばして、付近を散策する。
一番最初にこの場所を歩いたのは、2017年5月だったから6年半ぶりだ。
このころは、まだ、がれきもあちこちに残っていた。
以前は、駅からそのまままっすぐ海まで出られたが、いまは、堤防とそこを通る道路ができていた。
海は遠くなったのは致し方ないか…。
海と駅のあいだの広大な空き地は、当時も今もほとんど変わってなかったが、防風林の工事が行われているところだけが変わっていた。また何年かしたら、ここの風景も変わっていることだろう。
海沿いは何もなかったところに大きな堤防ができていたが、国道6号線沿いには以前あった建物がなくなっていた。
とみおかアーカイブミュージアムにやってきた。2021年7月にオープンした福島県富岡町の歴史や震災、原発事故を伝える伝承施設。
公共交通で訪れる手段がなかったこともあって、ようやく訪れることができた。
これまで各地の震災の伝承施設を見学してきたが、ここでもいろいろと考えさせられる展示が多かった。
特に印象的だったのは、さまざまな時刻で止まっている時計だった。
この止まっている時間によって、震災の経過をたどることができるのだ。
いかに、レールには柔軟性があるかがわかるが、残念ながら、震災による影響を伝えるには、ちょっと”弱い”かも。
「ケーズデンキ」は、2011年3月にオープンを予定してところで被災したため、一度も客が入ったことがないそうだ。
その隣には、廃墟と化した「しまむら」があった。
向かいには、看板こそなくなっていたが、どう見てもセブンイレブンだったと思われる店舗が、放置されていた。
富岡町の中心部付近では、こうした建物はだいぶなくなってきたが、町の郊外ではまだまだたくさんある。
大熊町のかつての中心部付近では、ようやく建物の取り壊しが始まっていたが、まだまだ廃墟と化した建物が多く残っている。
半年前くらい前に「おおくま町見学ツアー」の福島第一原発の廃炉現場の見学と合わせて参加したが、今回は、中間貯蔵施設の見学と合わせての参加となった。午前中は、大熊町民から震災体験談を窺う。
前回に続いての参加ということで、こうした内容では一部は重複する内容もあると聞いていた、今回伺った震災時の体験談は、前回とは別の方で、とても興味深く伺うことができた。
午後からは、大型タクシーで中間貯蔵施設の見学へ。
施設の方から話を伺ったあと、中間貯蔵施設の用意したバスに乗車して実際の現場見学に出発。
各地からは放射能を帯びた土壌の搬入は、周辺以外はほぼ終わり、土壌の分別のかなり進んでいるという。
原発が一望できる場所は、原発のある現地以外ではここしかないそうで、現地取材や中継でもよくつかわれるという。
ただ、あまりに規模が大きく、これらの大量の土砂が、本当にすべて福島県外に搬出することができるのかどうか…と思わずにはいられなかった。