論文捏造/村松 秀
さまざまな科学賞を総なめにし、いずれノーベル賞間違いなしとまで言われた発見が、すべて捏造だった…。
この本は、科学史上最大の捏造事件となった、ヘンドリック• シェーンの論文捏造事件を追ったドキュメンタリー番組を書籍化したもの。著者は、当番組のディレクターだ。
事件が起きた研究分野は、ある条件を満たすと、突然、電気抵抗がゼロになってしまうという「超伝導」だ。
ちなみに、本書でも触れられているが、工学• 電気電子系では「超電導」と表記するが、物理の分野では「超伝導」と書くらしい。今回は物理からのアプローチであるため、超伝導ということになる。
で、この「超伝導」が起きる大事な条件に、マイナス200度近い極低温でなければならないということがある。
この極低温を維持するのは大変なので、少しでも常温に近づけるよう、さまざまな方法で日夜研究が続けられていた。
そして、2000年2月、ベル研究所のドイツ人科学者によって、画期的な発表が世界を震撼させたのだ。
これが極めて独創的なアプローチで、同じ研究と続ける科学者たちは度肝を抜かされてしまう…のちに、これが捏造だとわかるわけだが…。
僕が、どうしても不思議だったのは、なぜ同じ実験(追試)をして再現させたり、確認したりしなかったんだろう?ということだった。
もちろん、実際に当時、世界中の科学者が追試に取り組んだ。
しかし(捏造なんだから当然だけど)、追試はどうしてもうまくいかない。世界中の科学者の誰一人として成功しないのだ。
でも…だからと言って、これが捏造であることの証明にはならない。
科学者たちは自分の実験方法を疑った。そして、どうしても実験がうまくいかないと、こう考えたのだ。
「そうだ!マジックマシンがあるに違いない!」
シェーンの使っている実験用の機械に、極めて特別なノウハウがあるから、自分には再現できないんだ…と考えてしまったのだ。
このような考えに至るには、伏線もあった。
世界的に著名な科学雑誌である「サイエンス」や「ネイチャー」。ここに自分の名前が一度でも載れば、一流の科学者と呼ばれるほどのステータスがあるのに、シェーンの論文は、実に計16本も掲載されたのだ。
さらに、共同研究者のリーダーとして名を連ねた科学者は、超伝導の分野では非常に名の知られた人物であった。
結局、1年半もの間、世界じゅうの科学者たちを振り回すことになる。
科学的に正しいことを再現することは、事実なのだからある意味で容易なはずである。
しかし、科学的に正しくない、そして意図を持って正しくない情報を発表している…、ということを証明していくのは、きわめて難儀な作業なのだ。
しかも、それを証明したところで、自分の研究にプラスになるようなこともないのだから、好き好んで、告発しようという動機も起きにくい。
また科学雑誌の「サイエンス」や「ネイチャー」への取材では、雑誌は、掲載される論文の正しさを担保しているわけではない…と言い切られてしまう。
さらに、捏造発覚後初めてインタビューに応じた、研究リーダーに対するインタビューでは、リーダーには研究内容のチェックし、不正などが起こっていないかなどを監視する役割はなく、あくまで、共同研究者の一人にすぎないと言い切る。
結局、すべて、責任や役割の曖昧さが、こうした不正、捏造につながっているのだ。
これって、科学の世界ばかりでなく、どんな世界でも共通することのように思える。
タイトルはちょっととっつきにくい感じの本だったが、とても興味深く、当事者に切り込んでいくさまは、ドラマを見ているようで、非常に面白かった。
その一方で、いまだに発覚していない捏造が、実はあちこちにあるのではないかと思えて、恐ろしくなった。