2671 “容疑者”とその周辺の人たち
電車からホームに降りると、ふだんとは違った雰囲気を感じた。
混雑するホームをよく見ると、一人のスーツ姿の男性が、ガードマン風の男3人と駅員2人に囲まれていた。ただ取り囲まれてるのではなく、ガードマンに、ズボンのベルトのあたりを捕まえられている。
“痴漢だ”
なんとなく、直感的にわかった。
スーツ姿のその男性の表情は、怒っているようでも、困っているようでもなく、無表情という感じてはなかったが、かなり落ち着いているようだった。雰囲気は、いわゆる“オタク風”で、僕が見る限りでは、とても痴漢をしそうな感じがしない、かなり気の弱そうな男に見えた。
数人の酔っぱらいが罵声を浴びせていた。発車する電車のドアが閉まる瞬間に彼を罵る者もいた。ひとりとか、ふたりとか、集団ではなく、散発的に、そうした人たちが現れることに、ちょっとしたショックを受ける。
そして、やはり多少寄っているのではないかと思われる男性が現れ、ガードマンたちにこう言った。
「そもそも、(ズボンを掴むところを指差し)こうやっていること自体が、問題なんじゃないの?犯人じゃないんだから!」
それに対してガードマンは、
「もちろん犯人じゃありませんが、お客様の安全のためにはやむを得ないんです」
といったやりとりがなされていた。おそらく“容疑者”が線路に逃げ出したり、電車に飛び込むという最悪の事態を避けるためなのだろう。
すぐに警察官2人がやってきた。
容疑をかけられた彼は本当に犯罪を犯しているのか? その周辺には、「人間のクズ!」と罵倒する人。「犯人扱いするな」と食って掛かる人。遠くで取り囲むように見ている人たち…。そして僕。
所用があるため、これ以上見ているわけにはいかなかったし、野次馬的に見ているのもイヤになってきたので、この場を離れることにした。
いろいろなことを考えさせられた夜だった。