2633 水滴
今朝。通勤途中の地下鉄の車内。ラッシュはピークを迎えていた。幸いにも、ドア付近のコーナーをゲットした僕は、座席側に向かって(つまりドアに背中を向ける感じ)、本を読んでいた。
ふと目の前をなにかが落ちていくのが見えた。もちろん、目の前は座席だから、落ちていけば必然的に座っている人に当たる。それが何だったのかよくわからないまま、また本に目を落としていたが、やっぱりまた、なにかが落ちていった。
気になったので、今度は落ちてくる元であろう、網棚の下の部分を凝視した。
すると、網棚に載せた荷物の下から、ポタポタとなにやら水滴が落ちてるようだった。じっと見ているうちに、その水滴の落ち方が顕著になり、下に座っているサラリーマンのスーツの肩がみるみる濡れてきているのがわかった。
声を掛けようにも、ちょっと場所は離れているし、どうしようかと気になって、おちおち本も読めなくなった。
すると、さすがに半分寝ているようだったサラリーマンが、異常事態に気付き、彼の前に立っていた、50歳代くらいのやはりサラリーマンに声を掛ける。
「なにか落ちてきてるんですけど」
すると、前に立っていたサラリーマンは、彼の鞄の中身を確かめ、
「すみません」
と謝った。座っている方は「中身は何ですか?」と尋ねた。そりゃ液体がなんなのかは気になるだろう。
「お茶です。すみません、クリーニング代弁償します」
と言って、財布から1000円を取り出し前に座るサラリーマンに渡した。1000円を財布にしまうと、それでおしまい。そこから2つめの先の駅で、お茶をこぼしたサラリーマンが降りていった。
うーん、自分だったらどうするだろう。1000円って適切な額かな?1000円で事が済むなら、その方がいいかな。 名刺でも渡して身元をハッキリさせた方がいいかな? でも変に因縁つけられたら困るな。
すっかり本を読む手が止まってしまった。