検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?/小野寺 拓也、田野 大輔
- 検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
- 小野寺 拓也、田野 大輔
- 岩波書店 (2023/7/6)
“ナチス”とか“ヒトラー”というと、その単語を発するのも躊躇われるくらい、タブーな存在のように感じる。
それだけに、表面的なことだけで判断してしまっているのではないかという危惧がつねにつきまとう。
本書のタイトルとなっているような議論がたびたび出てくるのは、
冒頭でも触れられているが、こうした歴史を考えるうえでは〈事実〉〈解釈〉〈意見〉という3つの層に分けて検討する必要ができるかもしれないとあって、非常に大切な視点だと思った。
たとえば「ナチスが“女性に手厚い配慮”をしていたこと」が〈事実〉であっても、それは「ナチを支持」「人種的に問題がない」「遺伝的に健康」「反社会的ではない」ということが前提となれば、その見方=〈解釈〉は変わってくる。
ヒトラーが権力を握るまでの過程やその宣伝手法など、よく知られた〈事実〉と、あまり知られていない〈解釈〉を見ると、歴史から学ぶことの難しさも感じるし、その怖さも感じる。
「ヒトラーは民主的に選ばれた」とされる〈事実〉は、一方で政敵を暴力によって萎縮させ弱体化させたことも背景としてあったようだし、「絶大なプロパガンダが効果的」だったことは〈事実〉ではあっても、たとえば街頭で流血の衝突を起こして世間の注目を集める手法なども使われたとなると、〈事実〉とされる部分だけ取り上げるのもおかしな気がしてくる。
本書で表現されていた「同意と強制のハイブリッド」 (p.40 )がしっくりくる。
アウトバーン建設や失業者対策などの経済政策、さまざまな労働者向けの福利厚生施策、フォルクスワーゲン、家族政策、環境保護、健康増進政策…とあらゆる分野で「良いことをした」とされる議論が起きる。
しかし、そのどれもがナチスのオリジナルの政策ではなく、海外での事例や、すでに実行されてきたことの成果が表れただったり、実はほとんど効果がなかったことなど、詳細に解説している。
平易な文章で読みやすくわかりやすかった。
本書を読んで感じたのは、冒頭にあった〈事実〉〈解釈〉〈意見〉という3つの層に分けて検討する考え方の大切さだ。
歴史学にとどまらず、あらゆる事物を検証するときに求められる気がする。
こうした議論の背景にあるのは、「見たいものだけを見る」「信じたいものだけを信じる」人たちの存在だろう。
たしかに、物事には常に二面性がある。
だから、ナチスが行った政策のすべてが悪いわけではなく「良いこと」もあった…という事実はに誤りはないが、問題はその中身であって、それが行われた背景だ。
「悪いこと」の反対語は「良いこと」だが、たとえそれが「良いこと」であっても、そうした全体像を俯瞰してみると「だから何?」という感想に行き着いてしまう。
自分の都合のよい事実だけを見てそれ以外を無視するから、どうしても議論がすれ違う。
ナチスに関していえば、すべては筆舌に尽くし難い残虐行為が背景にあることを忘れてはならない。
それを持ってしても、「良いこと」と言っていいのか、自ずと答えは決まってしまうように思う。
なかなかナチスの政策とその結果を見る機会がなかったが、本書を通じて、いろいろ知ることができた気がする。