3414 メタボリズムの未来都市展

博物館・展覧会, 建築・都市

「メタボリズムの未来都市展」は、以前からずっと見に行こうと思っていた。4ヶ月もやってて、会期が長いから、いつか行けばいいかと思っていたら、なんと、もうおしまいだという。

慌てて、六本木ヒルズ森美術館に向かった今日は、展示最終日だった。

タイトルになっている、「メタボリズム」という言葉は、日本では、“メタボリックシンドローム”という言葉の影響が強いので、正しく理解されないのないかと勝手に心配してしまう。

メタボリックとは、新陳代謝のこと。

環境に素早く適応し次々と姿を変えながら増殖していく生き物になぞらえた表現だった。

このメタボリズムの中心となったのは、丹下健三、黒川紀章、磯崎新、槇文彦、菊竹清訓、大高正人というそうそうたる建築家たちで、本当にたくさんの建築作品を世に送り出してきた。

1960年から70年代。

高度成長期の日本にあって、メタボリズムは、さまざまなな問題を解決する一つの解だったのだろう。

それは、まるで必要に応じて姿を変えていく生き物のように、都市も建築も大きく変化すべきと。

まさに新陳代謝。

必要に応じて、取り替えるという考え方だった。

この考えは、20年に1度社殿のすべてを建て替える式年遷宮のように、実は日本古来からある考え方というと、単純に「なるほど~」と感心してしまう。

東京湾上に新しい都市を作り上げるという、東京計画1960など、当時計画された、さまざまなプロジェクトが、コンピュータグラフィックスでよみがえっていた。

なんとなく、フジテレビっぽいなぁ…と思うと丹下健三の作品だし、僕が愛して止まないカプセルタワービルっぽいなぁと思うと黒川紀章、江戸東京博物館っぽいと菊竹清訓といった感じで、未完の作品を見て、その作者の実在する作品を想像するのも楽しかった。

その後の日本はどうなったか?

メタボリズムの根底にある「取り換える」という思想は、1度も交換されることのなかった中銀カプセルタワービルの例を見るまでもなく、完全に実現したとは言い難い気がする。

 

(これらは、本展覧会で、紹介されているわけではありません)

 

総リセットで、しがらみのない世界を目指したメタボリズム。

未来が希望に満ちあふれてい時代には、それが許されたのだと思う。

メタボリックシンドロームに陥った、現代の日本における解って、なんだろう?

とにかく盛りだくさんの展示だった。もう一回見たいと思ったが、今日が最終日。残念。