3332 帰りのできごと
駅から自転車で自宅に帰る途中、あとちょっとで自宅に到着というところで、後ろの方から、ガシャーンという音がした。
「なんだろう?」
よく見てみると、交差点の向こうで、人がひっくり返っているように見えた。
自転車を道路の脇に置き、急いでそこに向かうと、おじいさんが、倒れた自転車の上に乗るようにして、うずくまっていた。
「大丈夫ですか!」
「☆□※△×」
最初何を言ってるのかわからなかったが、どうやら「大丈夫」と言ってるようだった。
「立ち上がれますか?」
「・・・」
フェンスに手を掛けて、なんとか立ち上がろうとしていたが、フェンスまではまだ距離があった。
「手を貸しましょうか?」
と聞くと、
「こっちから持ち上げてもらって…」
フェンスに捕まろうとした腕を持ってもらいたいという仕草をしたので、背後に回り、右腕に手を掛け持ち上げようとした。
しかし、足を踏ん張っていないので、全体重が腕に掛かってしまった。さらに引き上げようと力を込めると、
「あ…」
と言う。何事かと思い尋ねた。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「まず、下駄はかなきゃ…」
「・・・」
もう僕は汗だくだった。
そこに、四十代くらいの女性がやってきて、「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた。
「連れの方ですか?」
と、僕に聞くので、「いえ、倒れていたので、気になってやってきたんです」と答える。
そして、今度はおじいさんに対して、「どちらにお住まいですか?」「ご家族に迎えに来ていただいた方がいいんじゃないですか?」という感じで質問を投げかけた。
おじいさんの話によると、どうやら、ここからほんのちょっと行った先のマンションに、一人で住んでいるらしい。
さらと、おじいさんは…
「どちらの方ですか?介護関係の方ですか?」
と、その女性に尋ねた。なんでそんなことを聞いたのかよくわからないが、たしかにテキパキとした感じは、そんな風にも思えてくる。
「いえ、偶然通りかかっただけです」
そんなやりとりをしているうちに、なんとか下駄を履かせて、少しずつ立ち上がってもらうことに成功。
そこに、女性の知り合いと思われる男性が現れ、女性が事情を説明しはじめた。
その間、おじいさんが、僕に意外なことを話し始めた。
「自分は、マンションで一人暮らしをする老人の問題に取り組んでいて…」
思わず…
「まさに、あなたのことですね!」
とは言えず。
おじいさんの話は長くなりそうだった。でも、どうにも呂律が回っていなかった。
最初は、気のせいだと思ったが、少し酒臭いことに気づいた。
結局、男性が、おじいさんを自宅マンションに連れて行ってくれるということになった。
僕はその男性にお礼を言い、おじいさんは女性と僕にお礼を言った。
そして、おじいさんは僕に、「ありがとう」と握手をしてきた。
その握る手は、想像以上に力強かったので、ちょっと安心した。