3265 五百羅漢・幕末の絵師 狩野一信特別展

博物館・展覧会,芸術・デザイン

先日、会社の同僚からもらったチケットで、江戸東京博物館で開催されている「特別展五百羅漢 幕末の絵師 狩野一信」を鑑賞しに行ってきた。

距離的にそれほど離れていないけど、ふだん見慣れない景色は新鮮。

五百羅漢といえば、どうしても川越の喜多院にあるそれを思い出してしまうが、今回展示されているのは、増上寺秘蔵の仏画で、狩野一信という絵師によって描かれた。

彼は、過去にも例を見ない100幅の五百羅漢図を構想し、約10年の歳月を制作に費やす。

しかし96幅を描き終えたところでこの世を去る。残りは妻や弟子によって描かれたそうだ。


第22幅 六道 地獄

今回、いただきもののチケットということもあって、正直それほど関心があったわけではなかった。仏画はとっつきにくい気がしていたのだけど、実際に見てみると、興味深い物語性があって、ぐいぐいと引き込まれるような感じがした。

仏教において、究極の悟りを得て、尊敬し供養されるとされるはずの五百羅漢なのに、フリーディスカッションをかわして、さらなる議論を深めたり、過ちを犯したときの反省会を月二回開き、告白や懺悔をするとか、異教徒を力づくで仏道に入信させるとか、とても、えらい人とは思えないような姿も見せる。

絵は、ものすごく精密。羅漢のうぶ毛まで表現されていたり、羅漢が着ている服の模様やデザインが、ひとりひとりで違っていたりする。これが10枚や20枚じゃなく、100枚描こう!…と考えたというのだから恐れ入る。

実際、10年もの長い時間を掛けて作られた作品なので、描いたときの作者のコンディションが、観る者にも伝わってきておもしろい。

第22幅の「六道 地獄」は、刷毛で一気に描いた風の表現は見事だった。このころが、作者が最も脂ののってる時期だったようだ。


第45幅 十二頭陀 節食之分

さらに自身の技法にこだわることなく、西洋の技法も取り込んでいく。

第41幅では、西洋画では一般的な遠近法が取り入れられ始め、絵に奥行きが出るようになる。第45幅では、陰影法を試みているようだか、妙な陰影ができていて、ちょっと違和感がある作品になっている。

ただ、後半になっていくと、徐々にその勢いが衰え始めてくるのがわかる。第97幅以降、本人の作品でないことは公式に認められているが、もしかするともっと前から、本人は絵筆を持てなかったのでは?なんて思えてくる。

それでも、これほどまでの作品を作り上げていこうというモチベーションはいったいどこから来るのだろうか?

とてもおもしろく鑑賞できた。

細密な絵を見てもらおうとした配慮だと思うが、絵の前にはアクリル板で仕切りがつけられているものの、絵そのものに、かなり接近することができたのはよかった。

ちょっと残念だったのは、会場を出てすぐのところで、展覧会の“見どごろ”を紹介するビデオを流していたということだった。見終わってからじゃ遅いだろう…

でも、つい見入ってしまった。

開館とほぼ同時に見始めたのに、明日で公開終了のためか、会場内はかなりの人手だった。


Posted by ろん