「うるさい日本」を哲学する/中島 義道 加賀野井 秀一
「うるさい日本」を哲学する 中島 義道 加賀野井 秀一 講談社 2007-08-18 |
ここ最近、街のあちこちが騒々しいと感じるようになってきた。詳しくは別項に譲るが、ちょうどそんなときにこの本に出会ったから、まさに、我が意を得たり!といった気分で読んだ。これまで読んだことのなかった切り口で、とても楽しく読むことができた。
本書は、うるさい日本の状況に憂う哲学者二人が、書簡をやりとりしながら、この状況の背景にはいったい何があるのかを探る。話が進んでいく中で、少しずつ「日本人観」というものが明らかにされていく。
大方の日本人は(いかに不合理であっても)なるべく与えられた状況を受容してしまう。耐え難さの限界まで耐える。そんな中で、アカの他人が自分に向かって発せられる言葉は、(以下に合理的なものであれ)自分がとっぷり漬かっている状況を破壊する威力を持っているため、驚愕するのです。(一部抜粋 p.70)
そういえば日本では他人同士が話をする光景はほとんどまれだ。日常生活を送る上では、滅多なことで他人と会話をすることはない。
他人から発せられるナマの声が恐ろしいから、それに代わってスピーカーを通した声やテープ音が至るところで流される。それらは自分個人に対して発せられたものではないから、注意や警告といった内容であっても、ほとんど効果がない。スピーカーやテープを流す側もそれは心得ていて、流すこと自体が目的と化する。
本書を読み切っても、明確な答えが出てくるわけではないが、こうしてみていくと日本人の行動パターンというのは、実に興味深いのだ。話はどんどんふくらんでいきそうなので、続きは別途考えてみたい。