6138 捨ててしまう理由よりも…
今週あったちょっと気になったニュース。
児童の絵日記など264枚を評価せず廃棄…教諭「量が多く面倒」
同県上越市の浦川原小学校の20歳代男性教諭(停職1か月)は6月、担任をしていた児童24人の絵日記や学習プリントなど計264枚の成績評価をせず、家庭ごみと一緒に廃棄した。教諭は「量が多く面倒に感じた」と話しているという。
これに似たような例として、郵便物や宅配便の荷物を配達せずに捨ててしまうということもある。
これらの理由もやはり「配達が面倒だった」という点で似ている。
そして、ニュースとしての取り上げ方も、そうした内容を伝えるだけにとどまっている。
こうしたニュースを見聞きするたびに思うのは、“捨てた本人”の理由を鵜呑みにしてはいけない…ということだ。
1人や2人分ならともかく、数百件にもなるほどの“ごまかしの効かない数”であることが多い。
普通に考えて「大量に捨ててしまったらどうなるか? 誰かに気づかれないか?」…と思う気がするが、そこに考えが及ばないということに注意する必要がある。
こうした行動をしてしまう人は、なぜ自分のやったことがダメなのかということに気が付きにくく、反省を促してもあまり意味がない。
そういった意味では、捨ててしまう理由なんかを考えるよりも、なんらかの治療というか、リハビリみたいなことが必要なのではないかと思うのだ。