戦争のグラフィズム/多川 精一

■歴史・地理,龍的図書館

終戦70周年という節目の年を迎えたことや、集団的自衛権などの話題など、今年は戦争にまつわる話題が多い年になりそうだ。

何をきっかけにして調べ始めたのか忘れてしまったが、急に「FRONT」という本について調べてしまった。

「FRONT」は、全世界に日本の立場や思想を宣伝するために作られた対外宣伝誌(プロパガンダ誌)で、最大15か国語に翻訳された。

戦争中で物資が逼迫しているにもかかわらず、陸海軍の強力なバックアップを受け制作されたことで、カメラから、紙や印刷のさまざまな資材には、最高級の品質のものが使われたという。

以前から、その存在は知っていいたものの、実際にはどんな内容だったのか、どういった背景で作られたのか? 知る機会がなかったので、この本を知り、興味深く読ませてもらった。

著者は、東京府立工芸学校を繰り上げ卒業し、そのままFRONTの出版元となった、東方社へ就職する。

本書では、FRONTの誕生から終焉までのさまざまなエピソードを紹介している。

FRONTは、毎号主要テーマを決めるいわゆる、ムック形式が取られ、10冊が発行された。

遠近法による力強さのアピールや、体裁が左開きであることから、左から右に流れるような構図を意識したりと、記事は少なく、デザインやインパクトの強い写真が、数多く掲載されている。

また、当時のレンズの性能により、戦車が詰まった感じに写すことができなかったため、見開きのページでは、遠くと手前、左右で別の写真を合成して作り上げたり、迫力ある空中戦の模様を表現するため、複数の写真を切り貼りする、いわゆるモンタージュの手法を用いたり…といったことも行われた。

プロパガンダ誌には、仮想的国に国や軍の威力を宣伝するという意図もあり、使われる紙も特別な上質紙が用意された。

重量感でも宣伝効果を上げるため、あえて重い紙を使ったそうだが、これは、あくまで船や鉄道で輸送するという平時での ことしか考えられていなかった。

その結果、戦争が激しくなるにつれ、大きく重いFRONTは、配布すらままならない状態となる。

しかし、職人気質のスタッフの完璧主義や、資材不足、そして、撮影開始から雑誌の完成まで、実に半年から1年もの期間を掛けるという悠長さでは、当然ながら、刻々と変わる戦局についていけなかった。

その後、重量を減らすためB4版に縮小されたり、民心を懐柔するために軍事色を薄め、軽快で明るい雰囲気になったりするものの、事実上の最終号では、米軍の無差別攻撃を非難する内容となり、当初想定したような宣伝はできなくなっていた。

終戦前後の混乱についても詳細に記されている。

内地にあって敵の姿を見ることもなく、安全な場所で宣伝物などを作っていた私は、自分の命を狙われて初めて、近代戦争の非情さを実感したのであった。それはまた、大陸でもう十五年以上も日本軍が繰り広げてきた戦争の実体でもあったのである。(p.276

そして、最高品質の対外宣伝誌であったFRONTについても…

宣伝というものは、所詮平和であってこそ、そ効果を発揮できるのである。(中略)
それはあたかも、せんぜんの日本海軍が膨大な軍事費と当時の工業技術の粋を集めてつくった、巨大戦艦「大和」と「武蔵」が、開戦と同時にその意義を失い、ほとんど役に立つことなく最後は米空軍のために南海の藻くずと消え去った運命に、あまりにも似ていたのであった。(p.306)

本書は当時の写真も多く載っているが、いかんせん文庫本のために、せっかくの写真が小さいのが残念だった。

FRONT 復刻版これを読んでいるうちに、ぜひ本物を見てみたい…と思って調べてみると、復刻版が存在することを知り、図書館で借りてきた。

サイズは巨大なA3判…

たしかにこれじゃ、輸送も大変だっただろう。

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いまから70年以上も前に、しかも戦争の真っ直中で、英語をはじめとした外国向けの、このような見応えのあるこのような宣伝誌が作られていたというのは、ちょっと不思議な感じがした

Posted by ろん