お台場物語/武藤 吉夫

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4535583625 お台場物語―まちが生まれるまで
武藤 吉夫

日本評論社 2003-06
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 「デックス東京ビーチ」の開発責任者で初代館長となった人による話。

キーテナントとして決まっていた伊勢丹が撤退を表明し、プロジェクトは早々にピンチを迎えてしまう。それでもなんとか、当時予定されていた世界都市博に間に合わせるようにプロジェクトを進めないといけなかったことから、スケジュールは非常に厳しかった。

最初は、遊園地みたいなものを作り世界都市博を乗り切って、その後改めて開発するという検討をしたようだが、近隣で競合する東京ディズニーランドと比べると、内容や規模でまったく歯が立たないことから、すぐに「無理」という結論が出る。つづいてデパートへの一括貸し付けという方法も検討されるものの、貸し出す相手がいないとこれも却下。売り場面積が100平行メートル程度の専門店を50~60程度集めた専門店ビル方式で、開発を進めることになった。これが「デックス東京ビーチ」となる。

一括して開発ができないことから6000坪の用地で、まずはどちらに正面としての顔を設けるか?ということが検討されたという。フジテレビ側のある大通りにオフィスビルが建ち並べばこちらが正面と言うことになるだろうが、いまのところは景色くらいしか売りがないのだから…と、海側が正面と言うことになったという。結果的にこれが正解だった。

そして世界都市博の中止。

状況が大きく変わっても、プロジェクトは進めざるを得なかったようだ。
テナントの募集や工事は順調に進んでいったが、肝心のショッピングセンターの運営は誰がやるのかという問題が残っていた。で、結局ここまでとりまとめていた住友商事が自前でやることになってしまい、著者がその責任者に就任する。

とにかく全てが初めてという経験は、個人的にはなかなか落ち着かない。そういう状況がワクワクするという人もいるだろうが、僕はダメだ。責任もあるし失敗が許されないというプレッシャーも。そういうことを感じすぎてしまうからなのかもしれない。感じないのも問題だけれど、感じすぎるのも問題だろうね。

「半径2kmに人口ゼロで、大規模小売店舗法に基づく説明会は、たった一人」、「テープカットはわずか10人」
といった今からでは考えられないような興味深い話もあって一気に読めてしまった。

(2006/3/31) 【★★★★☆】 -06/4/7更新