本当の戦争の話をしよう/伊勢崎 賢治
世界各地の戦争・紛争地域で、NGO、国連、日本政府などの立場で、開発援助や武装解除などに深く関わってきた著者が、東日本大震災後の福島の高校生18名と、復興中のプレハブ校舎で5日間にわたって授業をまとめた本。
「テロリスト」「自衛」と戦争の関係、国連の武力行使のジレンマ、核兵器など、扱うテーマは広く、いずれもきわめて難しい話ばかりだ。
でも、高校生への授業だから、戦争を家事に例えたりして、すごくわかりやすかった。
実際に戦争地域で活動をしてきた人だから、すべてに説得力がある。
判断をするためには、ある程度の単純化は必要だとは思う。
しかし、一部で語られている、憲法改正の論議や、憲法9条を守りさえすればいい…みたいな会話は、どうにも机上の空論に過ぎず、どうしても違和感を覚える気がしていた。
だから、こういった話こそ、聞きたかったことだった気がした。
興味深いな…と思ったのは、戦争・紛争後の国作りについてだ。
たとえば寄付を呼びかけるとき「学校を作ろう!」という呼びかけには応じられても、「犯罪容疑者の留置場を作ろう!」という呼びかけにはなかなか応じれくれない…なんていう話。
戦争直後では、もしかすると学校以上に大切かもしれないのだけど、なかなか理解されにくい。
また、戦争集結後、真実を求めて戦争犯罪を糾明すべきか、平和のために忘却すべきか?といったことや、
軍事支配に苦しめられていた民衆が望むのは、当然ながら、軍のない世界に違いないのだけど、でも実際はそうではなく、実は、自分たちの信頼する権力が、より強い武力で、自分たちを守ってくれること…つまり、むしろ強力な軍隊である…なんていうことは、自分にとって思いも寄らない話だった。
そして、かつて戦争といえば「国家対国家」で、とてもわかりやすいものだったように思う。それが、最近では「テロリスト」が相手になることが多くなった気がする。
その「テロリスト」というのも、あくまでそういったレッテルを貼った側の論理によって下されたものだし、テロリスト"当事者"にとっても彼らの論理がある。
そうした背景を一切無視しては、やはり解決の道は遠いと感じる。
この本には、決して答えが書かれてるわけではないが、ヒントはいくつもあるような気がした。
日本の果たす役割についても考えさせられる。
日本だからこそできることもある。
ただただ、憲法9条のことを語っているだけでは、こうした戦争の解決にはいっさい力にならないということを思い知らされる。
読み終えて「戦争は語っているだけでは決して解決しない」ということをあらためて実感した。