はい、泳げません/高橋 秀実

■文学・評論,龍的図書館

はい、泳げません
高橋 秀実

新潮社

 

著者の高橋秀実は、フリーマガジンR25の巻末に連載があったり、ちょっと前に、タモリ倶楽部にも出演したりしてるノンフィクション作家で、なんとなく…程度に知っていた。

先日図書館で、たまたまそんな彼の本を見掛けたので、借りてきたのが、この本…スイミングスクール体験記だ。

彼は、子供のころから、プールが恐く、泳げなかったそうだ。

そのために、いろいろ大変な思いもしてきたせいか、いちいち大まじめに、屁理屈や言い訳を言うのがおもしろい。

陸上生活で人は誰もが足の裏や手など体の一部を必ずどこかにタッチさせて暮らしているのに、(水中では)いきなり切り離されれば不安におののいて当然で、皮膚感覚にメリハリがなく、ずっと浮いていると、どこまでが自分の体なのかわからなくなるとか…。

(泳ぐ気分でないとき)やっぱり最初に「今日は体調が悪い」と言っておくべきだった。こういう場合、「体調が悪い」と言えば、すべて丸くおさまるのであるとか…。

僕もかつては泳げなかったし、いまでもそれほど得意ではないので、

泳げる人たちは「泳げない」ということがまるでわかっていない。だから私たちは泳げる人の仲間入りができず、いつまでたっても「泳げない人」なのである

という、彼の気持ちはよくわかる。

学校教育を終えれば、もう泳ぐ必要はないのに、なぜか、40歳過ぎで、泳げるようになりたい!と、スイミングスクールに通う決意をする。

初回、レッスン30分前にスポーツクラブに到着し、更衣室の鏡に映る自分の姿に驚き、開いてるロッカーが4番しかなく縁起が悪いと違う番号のロッカーに変えるなど、緊張がこちらまで伝わってくる。

その後、紆余曲折を経ながら、そして、いちいち屁理屈をこねながらも、スイミングスクールの高橋桂コーチの論理的な説明を聞くうちに、徐々に泳げるようになっていく。

もっとも、彼が泳げるようになったのは、手を変え品を変え、変幻自在な指導をする、コーチの存在は大きかった。

水泳に限らず、何かができないと、どうしても言い訳や、頭だけで考えようとしてしまう。

でも、著者の水泳の上達ぶりを見れば、結局は、できないことを、頭で考えるだけではダメで、身体で覚えていくしかないということを思い知らされるのだ。

とても、おもしろくて読みやすく、いろいろ考えさせられるお話だった。

Posted by ろん