「昔はよかった」と言うけれど/大倉 幸宏

■歴史・地理,龍的図書館

 

「日本人のモラルやマナーが低下した」…という話は、誰もが一度は聞いたことがあると思う。

こうした意見は、昔の日本人はいまの日本人と比べて道徳心が高かったという前提がある。

多くの場合、この対象とする時期は、太平洋戦争前を指しており、戦後の教育や経済活動によって道徳心が失われたと言われることが多い。

果たしてこの指摘は正しいのか?という疑問を持った著者は、さまざまな文献をあたり、戦前の日本人の道徳に関する実態を紹介している。

僕もこの本を読むまでは、漠然とそんなものかもしれない…と思っていた。

電車内で着替えたり化粧をしたり…
ところかまわずゴミを捨てたり痰を吐いたり…
図書館の本が破かれたり書き込まれたり…
パーティー会場では次々と備品が消えたり…
配送する荷物の中身を横取り…

これらはいずれも、戦前の日本で問題として指摘されていたことだ。

戦前から現代と同じような指摘があったというのは興味深い。

他にも、教師の犯罪、家族間の虐待、子どもに対する甘すぎるしつけなど、これでもかというくらいの、にわかには信じられないような事例が紹介されていて、読んでいるうちに重い気持ちになってくる。

いずれも、現代と比べものにならないくらいのひどい話ばかりだ。

例えば、医師のモラルの低下の例として、かなりいい加減な診断を下しては、無駄な注射や手術を行うなどが頻発したとか、1935年(昭和10年)に逮捕された東京の開業医は、こともあろうに患者に麻薬の一種であるモルヒネ打ち3年間で実に87人死亡させたという(p.121)。

こんなことがあったのか!と驚いたのは、1913年(大正2年)に明るみになった事件で、さまざまな事情で親から手放された子どもを引き取った女性が、養育費を受け取りながら、子どもをすぐに殺害したという。

その後の調べで、なんと200人以上を殺害したことが発覚。殺害することを知った上で斡旋した人など100人以上が取り調べを受けたという。

そしてこれは、特殊な例ではないようで、1930年(昭和5年)にも、私生児の処分に困っている人から養育費を受け取り、その後殺害するという事件が連続して発生。

数人から十数人を殺害していたとか、東京のある貧しい村では、集落全体で共謀し300人から400人もの子どもが集められたという(p.149)。

いったいなんだ?このひどさは…

こうみ見ると、少なくとも、昔と比べて悪化したという風には思えないし、むしろ、昔よりモラルやマナーは、確実に向上していると思える。

昔と比べて…というのは、いまの若いものは…とか、昔は良かった的な発想にすぎないのだろう。

戦後の日本で具体的にどういった変遷を経てマナーは向上したのか?ということについては、本書では、あまり多くは触れられていない。

様々な要因があるのだろうが、どうして日本人の道徳心、マナーが向上してきたのか?ということを調べてみても、おもしろそうだ。

とにかく、思いこみや、疑問を持たずに鵜呑みすることは、気を付けなければならないということを改めて思い知った。 無意識のことだから、なかなか気付きにくいことではあるけど…。

Posted by ろん