日本をダメにしたB層の研究/適菜 収
B層とは、「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」を指すという。
これは、いわゆる郵政選挙のときに、自民党が広告会社に作成させた企画書による概念だという。

A層
財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア、都市部ホワイトカラー
B層
小泉内閣支持基盤 主婦層若年層シルバー層 具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層
C層
構造改革抵抗守旧派
D層
既に(失業等の痛みにより)構造改革に恐怖を覚えている層
こうしてきっちりと分類されてしまうというのは、ちょっと気持ち悪い気もするが、マーケティングでは日常茶飯事なのかもしれない。
この本は、そのうちB層について、具体的な事例を挙げて紹介しているが、全体を通じて言いたいことは、冒頭の「B層用語辞典」で挙げていることに集約されている気がする。
官から民へ
→「玄人から素人へ」という流れのこと
また「はじめに」でも…
バカが圧倒的な権力を持ってしまったのが、現在の状況です。
自我が肥大した幼児のような大人が、社会の第一線で大きな口を叩くようになってしまった。
今はネット環境が整っていますので、誰でも声をあげることができるようになっている。要するに、バカが情報を発信するインフラが整ったのです。
こうして素人が玄人の仕事に口を出す時代がやってきました。(はじめにより)
といった感じで、著者は、国や行政、司法のやることは、プロなのだから間違いはない。素人には口を出すべきではない…というふうに読めてしまった。
実際後半にはこのようなことが書かれていた。
司法、立法、行政すべてにおいて大事なことは、専門家、プロ、職人の技術を尊重することです。そして、お互いの領域を侵食しないことです。(p.177)
果たしてそうだろうか?
たしかに、著者の言っていることに同感する部分もある。
例えば…
「民意に従う」「国民の判断を仰ぐ」ことが正しいのなら、すぐにでも議会を解体して、すべての案件を直接投票(民主主義)で決めればいい。現在では技術的にそれは可能です。
しかし同時にそれは、政治の自殺を意味します。(p.191)
郵政民営化がほとんど唯一の争点となってしまった衆院選などはいい例だし、以前、僕も、なぜプロの裁判官に加えて素人の意見が必要なのか? といった裁判員制度に対する違和感を覚えたこともある。
でも、すべて専門家に頼めば問題ないか? といえば、そんなことはないはずだ。
本書ではほとんど取り上げられてないが、福島第一原子力発電所の事故は、専門家に丸投げした結果、生じた事故だと言っても過言ではないと思う。
過去に起きた政治家の汚職、警察の検察のでっち上げ、みんな専門家に任せていたからではないか?
もちろん、だからと言って、ときどきインターネットで起きる極端に偏向した意見が幅を聞かせたり、「素人風」を吹かせて口出ししていいかというと決してそうではないと思う。
役割を果たすべきだと思う。
話はずれるが、「二番じゃダメなんですか?」というある代議士の発言がひどすぎるとかなり叩かれたが、僕はあれはあれで、とても意義のある発言だったと思っている。
というのも、これこそ「二番じゃダメだ」ということを理解させる必要があることが明らかになった、良いきっかけとなったからだ。
「二番じゃダメに決まってる」というのは、勝手な判断だ。個人ならともかく、税金を使っているのだから、それを理解してもらうのは、とても大事なプロセスのはずだからだ。
とかく民主主義というものは、とても回りくどいシステムだと思うことはよくある。
ほとんどの場合、解決に向かうどころか、全然違う方向に行ってしまうときすらある。
頭のいい人から見たら、まどろっこしいし、国民の愚かさが目について、かなり苛ついているかもしれない。
全編を通じて、とにかく「毒舌」の印象が強い本で、その口撃の対象は、政治家をはじめほぼすべての国民だ。
多かれ少なかれみんなB層だと思う。
それに、B層が悪いというが、B層を食い物にしている、A層にも責任はないのか?C層、D層はどうなんだ?…と思うと、日本国民、全員の責任じゃない?…なんて思う。
この本の評価はかなり分かれそう。
なかには、ただの悪口でしかない部分もあって、いろいろな意味で笑えた。
読み終えて、一番びっくりしたこと…
それは、こんなに過激な内容…いったいどんな人が書いたんだろうと思って調べてみたら、なんと僕よりも年下だった…ということだった。