1539 自己満足

定点観察

    [] 870 自己満足

     環境問題は、もはや「問題」という特別のモノではなく、日常に深く入り込んできている。特に企業活動では避けて通れないために、どこもかしこも、(本当かどうかはともかく)環境に配慮している姿勢を前面に押し出している。環境に配慮した商品がとても目に付くようになった。まぁ配慮しないよりはましなんだろうけど、果たして、これが本当にこれらの商品を買い求めることが、環境に配慮することとつながるのかどうかを考える必要があるんじゃないのだろうか?
     たとえば、環境に配慮したり、消費電力が小さい商品を買うことは、日々の維持費が下がるし、下がった分だけエネルギーを使わないから環境にいい…ということになる。けれど、この新製品が世に送り出されるまでに、かかったエネルギーがどれくらいなのかを考えたことがあるだろうか? 製品を作ること自体に膨大なエネルギーが使われているはずだ。もちろん企業にとっては、買ってもらわないと成り立たなくなるわけだから、環境を前面に押し出した宣伝も致し方ない気はするが、例えば、壊れてもいないし、まだまだ十分使える商品を買い換えてまで、「環境に配慮した」製品を買い求めるのはどうかと思うのだ。多少消費電力が大きいものの買い換えずにそのまま使うのと、(作り出すためのエネルギーを使った)環境に配慮した新製品+多少消費電力が小さいものと比較したら、果たしてどちらが地球に優しいのだろう?
     またまた朝日新聞天声人語5月15日付け)から、一部抜粋。

     40年前から昆虫の標本作りを教えてきた埼玉県川越市の元教諭、会田冨士夫さん(72)にも似た経験がある。数年前、秩父地方で網を手に夫婦で昆虫を観察していたら、後ろでささやく声がした。「あの人、自然を破壊してるのよ」。若い母親がこちらを指さして、子どもに言い聞かせていたという。

     この若い母親の気持ちもわからなくはない。だけど、目の前で標本にするために集められる昆虫と、直接見えないところでの開発などによって昆虫すら住めない環境が増えつつあるという状況と比べて、どちらが自然破壊をしていると言えるのだろうか?
     先述の環境問題と話が似ている。環境問題を身近に考えることはとても大事なことだ。けれど、目に見えることばかりを優先して、本来の目的であったはずの環境を守る、地球を守るということは、どういうことなのか?がわからなくなっているのではないか? 見えないところで環境を破壊しつつ、目の前の微々たる環境を守ることばかり優先していくことは、自己満足以外の何者でもない…と言ったら、言い過ぎかな?
    ◆5/26 12161歩 / 昼間ちょっと外出してきたので、ついに平日初の1万歩越え!

    Posted by ろん