7739 廃止が決まったKK線を見に行く(後編)

交通・のりもの,街歩き

一昨日見に行った続き

今日は有楽町駅前付近から新橋入口までの様子を見る。

様子を見ると言っても実際にKK線を走るわけではなく、下から見上げるだけではあるが。

前編の続きは有楽町駅前から
前編の続きは有楽町駅前からq

銀座側と有楽町側の雰囲気はまったく違う。もともと川を埋め立てられて作られたKK線は、住所がない。

ただそれでは、あらゆることに不便が生じるし、どこに住所があるかによって価値が大きく変わる。

このことから、銀座側を正面とすることで、銀座に立地すると主張するために、このようなことになったと聞いたことがある。

新数寄屋橋
新数寄屋橋
数寄屋橋交番
数寄屋橋交番
いろいろ記念碑
いろいろ記念碑

KK線は西寄りに少しカーブするが、そのまま真っ直ぐの方向が、数寄屋橋交差点。数寄屋橋自体は無くなってしまって、この交差点付近を渡るKK線は、”新数寄屋橋”を名乗る。

KK線のすぐ脇には、数寄屋橋交番があって、屋根に刺さる”まち針”のエピソードは、ちょっとした”トリビア”だったが、最近ではもうずいぶんと有名になってしまった。

曲線を描く建物が特徴の泰明小学校と手前の岡本太郎作《若い時計台》を見ながら、KK線沿いの歩道を歩く。

新数寄屋橋を挟んで、銀座寄りが「NISHIGINZA(西銀座デパート)」、新橋寄りが「銀座ファイブ」。

「銀座ファイブ」は、もともとは「数寄屋橋ショッピングセンター」で、会社名には残っている。

壁にあった古い写真には、”スキヤ橋”となっていて、なんでカタカナ?と思ったが、看板を漢字で作りづらかっただろうか?

泰明小学校と《若い時計台》
泰明小学校と《若い時計台》
完成した頃の写真だろうか?
完成した頃の写真だろうか?

KK線と泰明小学校の間は歩道になっていて、そこを歩いていく。

JRの高架が近づいてくる。

泰明小学校の脇を通る
泰明小学校の脇を通る
高架線路に近づく
高架線路に近づく

ここからしばらくKK線はJR線と並走するが、その隙間は、関係者以外立入禁止だ。

JR線のほうは高架橋を屋根にして左右に飲食店などが並ぶモールに改装されている。

KK線の下は、”銀座コリドー街”として、飲食店が並ぶ。

線路との間は関係者以外立入禁止
線路との間は関係者以外立入禁止
道路下には飲食店
道路下には飲食店
夜に歩くとよくわからないが、高架下の店の雰囲気は場所によって違う感じだ。「新幸橋」と書かれた碑があって、かつてここに橋があったことを伝えている。

違った雰囲気の店も
違った雰囲気の店も
新幸橋の碑
新幸橋の碑

ところどころで、KK線とJRの高架線を潜る道路があるが、引き続きその隙間は関係者以外立入禁止。

「東京高速道路」の文字があったが、会社名はやはりいずれなくなってしまうのだろうか?

KK線は新橋駅の手前で進路を西に変える。

東京高速道路の名前はどうなるのだろう?
東京高速道路の名前はどうなるのだろう?
進路を西へ
進路を西へ
土橋入口
土橋入口

KK線はかなりの急カーブで曲がっているがそのすぐ脇に、土橋入口がある。新橋駅のすぐ近く。人通りも車の通りも多い場所ということもあってか、ちょっと見ているだけで、何台も車がこの入口からKK線に入っていた。

入口ならではの、さまざまな看板や注意書きとともに、「高速道路昇路」と書かれた石銘板があって、建設時の力の入れようが見えた気がした。

まるで表札のような石銘板
まるで表札のような石銘板
青い案内標識は一般道の証
青い案内標識は一般道の証
道路下に店舗が続く
道路下に店舗が続く
かに道楽
かに道楽

ふたたび中央通り(銀座通り)を渡る。

KK線のすぐ脇に博品館があって、KK線の下には新橋の由来となった新橋の親柱が残されている。

KK線は、汐留川を埋め立てられた上を通っている。

博品館
博品館
新橋の親柱
新橋の親柱
新橋入口
新橋入口

KK線の起点とも言える、新橋入口。周囲にあまり高い建物がないせいか、開けて明るい感じ。

入口のすぐ後ろが汐留。

ここにもちょっと小さめではあるが「東京高速道路株式会社」と書かれた石銘板があった。

新橋入口を反対側から
新橋入口を反対側から
ここにもしっかりと石銘板
ここにもしっかりと石銘板
そのまま都心環状線へ
そのまま都心環状線へ

京橋方面から歩いてきたが、KK線はこちら新橋が起点。KK線はそのまま都心環状線へとつながっているが、廃止後、多くの部分が遊歩道になるとしても、首都高と接続するこのあたりはどうなるのだろう?

完成はずいぶん先の話ではあるが、これからどう変わっていくのか気になる。

Posted by ろん