[社会の窓]今日もことの重大さを突きつけられる

社会の窓

写真は、以前、出張したときに撮った広島の平和公園。

仕事で出張…なんてことはもうなさそうだが、またいつか行ってみたい。

広島平和記念公園(2016年11月15日)
広島平和記念公園(2016年11月15日)

その平和公園で、今日、あらためてことの重大さを考えさせられることが起きた。

広島に原爆が投下されて76年となる今日、平和記念式典で菅首相がやらかしたのだ。

あいさつの原稿を一部読み飛ばしたという。

最初“読み飛ばし”というから、一行とか一部を読まなかったかと思ったら、かなりの部分を飛ばしていた

それを聞いて周りもおかしいと思わなかったのかと思って、実際に読み飛ばした場所を意識せずに、あいさつを聴いてみた

どこかおかしい気もしたが、結局分からなかった。

これは聴く側が、無意識のうちに、内容を正しく読み取ろうと自分なりに補正してしまうために、読み飛ばしたことがわからないのかもしれない。

実際、あらためてその内容を確認すると、読み飛ばしたことで、当然その前後で意味がまったく通らなくなっていた。

この原因は、複数の紙をつなぎ合わせて蛇腹状にした原稿の一部で、のりが付着してめくれなかったから…ということだが、読んでいる本人が気づいていないというのは、ちょっと信じられなかった。

挨拶のいたるところで、噛んでいたり読み間違いなどもあったから、おそらく一度も読まずに、その場に臨んだのだろう。

いままでの言動を見ていたら、今さら驚くべきことでもないが、あいさつの内容を理解することもできず、ただただ読むことすらできない男が、この国を代表しているという、ことの重大さを突きつけられた気がした。

Posted by ろん