[社会の窓]その無骨さが安心感
昨日行ってきた東京タワー。
東京タワーは、階段で下りたことはあったが、上がったのは昨日が初めてだった。
別に急ぐわけでもないし、ゆっくり、ゆっくりと上がっていく。
立秋も過ぎ、暦の上では秋というものの、8月中旬では暑さ真っ盛りなわけで、さすがに汗だくになるかと覚悟していた。
しかし、意外と吹き抜ける風が心地よく、汗も蒸発してしまうような感じだった。
周囲を見渡せば、けっして見晴らしは良くないけど、タワーを形作る、周囲の鉄骨の隙間から見える景色は、高いところに登ってきたんだ!と思わせるには、じゅうぶんだった。
高いところが苦手な人にとっては厳しいかもしれないけど、僕にはちっとも怖さを感じなかった。
それどころか、無骨な鉄骨に"守られている"という安心感すらあった。
新しいタワーや建築物とは違って、決してスマートではないけど、余裕を感じさせるのだ。
エレベーターで上がったら、あらためてこういうことに気が付かなかったかもしれない。
東京タワーは、今年で55周年だそうだが、こうした建築物が、ずっとずっと残って欲しいと思った。
