1573 目を合わせる不思議
話をするとき人の目を見るというのは、ごく自然な行為だし、小さい子にはむしろそうするように注意するくらいだ。でも、日常の会話で、マジマジと人の目を見るということはあまりない。
考えてみれば会話をするとき、最初のうちは目を合わせるものの、その後、自然と目をそらしたり、また時々両者で目を合わせたり、ふたたび全然違うところに目を遣ったり…とごくごく普通に視線を合わせたりそらせたりする。もちろん、ちゃんとした会話の時や相手の異なる立場の相手に対しては、ある程度しっかりと相手を見るものの、それでも、じっと相手の目を見据えるようなことはあまりしない。
これまた、誰が教えてのかわからないけど、いつの間にやら身につけた行為のひとつだ。
どうしてこういうことが自然に身に付いたのだろう。そしてなぜこのようなことを身につける必要が出てきたのだろう。
逆に目を合わせるということはどういうことだろうか?動物同士が目を合わせるというシーンで思い出すのは、ネコ同士の喧嘩だ。このときは、相手の目から絶対に目をそらさず、両猫(者)一歩も譲らない…というものだ。野生の世界では、目を合わせるというのは、そうしたかなり緊張した真剣勝負のときなのかもしれない。
目を合わせること=真剣勝負であること…という論理は成り立ちそうな気がする。であるならば、逆に普段の会話の時までも、目を合わせることになると、緊張状態が続くことになる。緊張状態を続けることは、かなりの負担のはず。その結果、日常の会話では、常に目を合わせるのではなく、ときどき目を合わせることで、相手との会話を視界からも把握しようとする結果ののような気がする。
最近、人間の不思議さにびっくりやら、おどろくやら…してます。