物は言いよう/斎藤 美奈子

■文学・評論,龍的図書館

4582832415 物は言いよう
斎藤 美奈子

平凡社 2004-11-10
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 「フェミ・コード」(=FC)とは、フェミニズム的に問題があるような場合に「それってFC的にどうよ」みたいにして使う言葉らしい。単刀直入に「セクハラ」という代わりの言葉として、著者が考えた言葉なのかな?
 日常生活の中で、個人的にはあまりセクハラ(=FC)かどうか?なんてあまり考えたことがなかった。本書によると、結構微妙な部分で問題になる場合が多いことに驚く。解説してもらえれば「なるほどね」となるが、そうでない限りは、言う方も聞く方もあまり意識しないで済んでしまうことも多いのではないだろうか?それだけに、根が深い問題なのかもしれない。まぁ、明らかにおかしな事を言う政治家や著名人は少なくないけど。

 FC的にあまり関係のない部分ではあるが、以前から自分も気になっていた話が載っていたので、それだけで嬉しくなってしまった。
 「日本では」「西洋では」と、やたら「ではではでは」を連発する人を「出羽(でわ)の守」と呼ぶらしい(知らないけど)が、そのおばさん版を著者は「出羽おば」と命名。そんな出羽おばの特徴として…

 第一に、結婚相手が欧米人であること。
 第二に「カタカナ+漢字」の名前を名乗ること。
 第三に、結婚相手の国生活拠点にし、そちら龍の生活になじんでいること。

 以上の三つの条件をクリアした上で、「日本では」「××(←夫の国名)では」を連発しつつ「遅れた日本人」を啓蒙する本を書けば、晴れて?出羽おばの有資格者となるわけだ。
 以前、マークス寿子という人が書いた本を読んでかなり不快な思いをしたが、その本からの引用で…

 日本の女性は夫や子供の地位があがれば自分も偉くなると思うところがあり、これが日本の女性の意識を古いままにしている大きな要因

 離婚してるのに別れた夫の名前(地位)を利用しているのでは?という著者の指摘は、まさにもっともな話である。

 そもそも、ジェンダーフリー(和製英語なのね)の話題になると、とかく「男女差を認めないのはおかしい」という議論になりがちだが、著者に言わせると…色鉛筆に例えるならば、もともと12色ある色鉛筆を強制的に赤と青の二色に分けるというのではなく「赤と青の二色に分類する前に個人差を尊重しろ」つまり「12色は12色のまま認めよ」というのだ。主張ははっきりしているけれど、いざ実践しようとするとなかなか難しそうだ。これまであまり意識してこなかった分野にちょっと関心が持てた。

(2005/5/1) 【★★★☆☆】 -05/5/1更新