7735 企画展「花器のある風景」

泉屋博古館東京で開催中の企画展「花器のある風景」を鑑賞。
自分からはまず行かない内容ではあるが、行ってみると何か新しい発見があったりするから、そういったものを見つけに行くため、おじゃこについて行く感じだ。
本展は4章構成で、花を引き立てる名脇役としての花器の歴史と魅力を紹介している。
第一章「描かれた花器」では、住友コレクションのなかから花器が描かれた絵画を紹介し、第二章「茶の湯の花器」では、住友コレクションから茶の湯とともに用いられてきた花器を紹介、第三章で「大郷理明コレクションの花器」展、第四章が「花入から花瓶へ─近代の花器─」となっている。
全体を通して感じるのは、紹介される作品の多くは、“地味”だということだった。
花器はあくまで主役を引き立てる存在であって、自己主張が強すぎるわけにはいかない。
目立ってはいけないのだから、そう感じてしまうのも地味なものは無理もない。
こうなると、つい個性的な作品が気になってしまう。
もっとも気になったのは、《気吹蛤薄端》という作品。
大きな蛤が口を開けて放出した「気」が膨らんで、それが花をいける皿になっている。
あとで調べてわかったことだが、大きな蛤を蜃と読んでいたそうで、その蜃が気で楼(建物)を作るから、“蜃気楼”と呼ばれていたことを知る。
撮影可能なのは、展示室のロビーだけだったが、そこで展示されていた《花道家元未生御流 挿花伝書 四季之栞》に、《気吹蛤薄端》と同じものが描かれていた。
蛤のモチーフは、特別はものではなく、けっこうあったのかもしれない。
今回のテーマとはちょっと違うが、展示されていた書「日々是好日」も気になった。
ときどき聞いたことがあるが、どんな日であってもそれが最良の日であるという禅語の一つという。
住友家の茶室「好日庵」はこれにちなむそう。住友春翠はこの言葉を好んで雅号としても用いたそうだ。
あらためてこの言葉に触れて、なかなかいいかも…なんて思った。



