7656 特別展「浅井忠、あちこちに行く」

博物館・展覧会,芸術・デザイン

今日は、ふだんより少し足を延ばして、千葉県立美術館へ。

明治時代の日本における、洋画界の草創期に活躍した画家であり、美術教育者としても活躍した浅井忠(あさい ちゅう、1856年~1907年)。

初めての千葉県立美術館
初めての千葉県立美術館
特別展「浅井忠、あちこちに行く」
特別展「浅井忠、あちこちに行く」
写真撮影自由
写真撮影自由

「浅井忠、あちこちに行く-むすばれる人、つながる時代—」を鑑賞。

開館50周年記念特別展として開催されていて、かなりボリュームのある展示。

他館から借用した作品以外は写真撮影可能だった。

日本初の西洋美術教育機関である工部美術学校に在学していたときの練習用デッサンやフランス時代の句集、浅井が交換した絵葉書や書簡といったものまで、彼にまつわるあらゆる品々が展示されていた。

若い頃から絵画の才覚のあった浅井は、いわゆるお雇い外国人として来日した、イタリアの画家アントニオ・フォンタネージに師事し、洋画を学んでいく。

フォンタネージと浅井の作品をそれぞれ並べると、似た傾向を感じられるからおもしろい。

アントニオ・フォンタネージ《牛を追う農婦》
フォンタネージ《牛を追う農婦》
浅井忠《藁屋根》
浅井忠《藁屋根》

画家としてだけでなく、教育者の一面として紹介されていたのは、西洋画の教科書などを手掛けていた。

その後、教えを受けた弟子たちだけでなく、彼の作った教科書から学んだことで、才能を開花させた人たちは、きっと大勢いるはずだ。

洋画普及のための教科書
洋画普及のための教科書
弟子たちによって更新された
弟子たちによって更新された

当時流行していたアールヌーヴォーを取り入れた工芸デザインだったり、穏やかな庭の風景を描いていたり、本当に多彩な人だ。

アールヌーヴォー風の絵葉書
アールヌーヴォー風の絵葉書
浅井忠《京都高等工芸学校の庭》
浅井忠《京都高等工芸学校の庭》
本人は真ん中
本人は真ん中
浅井忠《琵琶法師》
浅井忠《琵琶法師》
たくさんの弔辞
たくさんの弔辞

多くの人たちに慕われたが、51歳という若さで急死してしまう。

葬式の弔辞や弔電の数も多数並んでいた。

千葉県立美術館の建物を初めて見たときから、ちょっと独特だな…と思ったら、大髙正人の設計によるものだった。

彼は、1960年代に展開されたメタボリズム建築運動に加わった建築家のひとりで、黒川紀章、菊竹清訓、槇文彦といったメンバーとメタボリズム・グループを結成している。

第8展示室
第8展示室
休憩室
休憩室

1974年(昭和49年)3月に竣工しているが、ところどころに”昭和感”があって、とても興味深い。

第7展示室
第7展示室
昭和らしさを感じる
昭和らしさを感じる
穏やかな美術館
穏やかな美術館

鑑賞後は、カフェでカレーをいただく。

庭を野良猫が歩いていく姿を見かけた。

なんとものんびりとした光景。

明日は、”物言う株主”からの指摘で、閉鎖に追い込まれた美術館を観にいくが、こうした美術館の運営については、いろいろ考えさせられる。

Posted by ろん