7508 「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」展
パリ、東京、大阪の各都市を代表する3つの美術館による共同企画「TRIO パリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」を鑑賞のため、東京国立近代美術館へ。
3館のコレクションから色彩、素材などの共通点がある作品が選ばれているそうだ。
鑑賞前は、大阪も大きな都市ではあるけど、東京、パリに並べるなんて、ずいぶん大きく出たなぁ…と…と思った。
でも、パリ、東京と大阪(国内の都市は比較的近いとはいえ)、それぞれ歴史も文化も大きく異なるし、それぞれで収集される作品もそれぞれの個性もあるだろうから、そうした部分も鑑賞のポイントだったかもしれない。
以下の7つの章に分かれて展示されている。
第1章「3つの都市:パリ、東京、大阪」
第2章「近代化する都市」
第3章「夢と無意識」
第4章「生まれ変わる人物表現」
第5章「人間の新しい形」
第6章「響き合う色とフォルム」
第7章「越境するアート」

ほぼ全作品撮影可能なのは嬉しい。第1章「3つの都市:パリ、東京、大阪」では、それぞれの都市らしさを表現した作品。ちょっとおしゃれなイメージの強いパリも東京と大阪に合わせたのか、肩肘張らない感じの作品が選ばれたというイメージ。
第2章「近代化する都市」
パリはちょっと置いておいて、東京の杉浦非水《銀座三越 四月十日開店》と、大阪の早川良雄《第11回秋の秀彩会(近鉄百貨店)》の広告が良かった。
銀座三越は過剰なくらいの遠近法を使ってインパクトのある構図を作り出している。近鉄百貨店は描かれた女性の眉毛のインパクト。
ラウル・デュフィ《電気の精》は、あとで調べてみてわかったこと。
1937年のパリ万博の「電気館」に掛けられた10X60mの巨大曲面壁画(パリ市近美蔵)の縮小版だそうで、科学の発展とそれにかかわった科学者や技術者たちが並んでいる。
大きなサイズの作品に対して、描かれている人物の姿や名前が小さいので、最初、よくわからなかった。
すると、かなり若い女性二人組が、マリーキュリーだのグラハムベルだの、次々と読み上げていくではないか。
しかも、彼らの業績もすらすらと話題にしているのでびっくりした。
作品とはまったく関係ないけど…
パリといえば…絵画に疎い自分でも乱雑に重ね貼りされたポスターが印象的な佐伯祐三《ガス灯と広告》を思い出せる。
ジャン=ミシェル・バスキア《無題》は、ニューヨークと東京にインスパイアされた作品ということで、英語と漢字が書かれているという。
第3章「夢と無意識」で紹介されていた、サルバドール・ダリ《幽霊と幻影》は、パッと思いつくダリの作品とはちょっと違った感じ。
幻想的でありながら、どこかリアルさもあって、とても印象に残った。
ジョルジョ・デ・キリコ《慰めのアンティゴネ》、イケムラレイコ《樹の愛》、コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》と、各美術館で、同じような“頭”が収蔵されているところがおもしろい。
お土産にもなっていた。
こんなクッションなのに眠れるとはどういうことかと思ったが、「眠れるミューズ・クッション」であって、「眠れる・ミューズクッション」ではないのだ。

第4章「生まれ変わる人物表現」で紹介されていたこちらの3作品。横たわる女性像といえば、たいていどれもこんな感じのポーズとなるが、どれも決まって視線がとても鋭い。
アンリ・マティス《椅子にもたれるオダリスク》
萬鉄五郎《裸体美人》(重要文化財)
アメデオ・モディリアーニ《髪をほどいた横たわる裸婦》

藤田嗣治(レオナール・フジタ)《五人の裸婦》フジタといえば、まさにこのイメージ。当時のパリの人たちを熱狂させた独特の作風は、とても印象的だ。
ネコも気になる。

第5章「人間の新しい形」キュビズムの創始者のパブロ・ピカソが《男性の頭部》と萬鉄五郎が描いた《もたれて立つ人》と並べると、キュビズムが遠く離れた日本にも伝わってきたのだとよくわかる。
第7章「越境するアート」で紹介されていた、冨井大裕《roll(27 paper foldings)#15》は、折り紙を丸めてホチキスで留めただけ…ではあるが、これは指示書にしたがって作り直すことができるという点で、芸術作品の唯一性や永続性に疑問を投げかけているのだそう。
倉俣史朗《Miss Blanche(ミス・ブランチ)》は、すっかりお馴染みだ。














