1851 存在価値
今日は…うーん。なんて言ったらいいだろう。
悔しいというか、残念って言うか…そんなできごとがあった。どんな方に見ていただいているかわからないので、これ以上の詳細は書けないけれど。
自分の存在価値ってなんだろう…と思う。できることならば、その組織や仲間から、僕の存在価値を認めてもらいたいと思う。それがたとえ、どんなにつまらないことでも、どんなにくだらないことであっても、存在する価値、意味を感じていたい。
さらに欲を言えば、自分の目指す“存在価値”に近づきたいと思う。これは、かなり大変なことのはずだ。でも幸か不幸か、これまであまりそう意識することなく、ある程度近づけていたような気がする。
でも最近は、これがどんどん離れていってしまっているような気がしてならないのだ。そしてさらには、自分の存在価値そのものを否定されると感じることが少なくない。もっとも被害者妄想的な部分がないとは言わないけれど…。
でもこれって贅沢な悩みなのかな…?