8056 所蔵作品展 MOMATコレクション(2025.11.5–2026.2.8)

これまで利用していた賛助会制度が先月で廃止となってしまった。
金額はそのままで、あらたに個人寄附会員制度「MOMAT DONORS’ CLUB(MDC)」に刷新されたものの、これまであった国立西洋美術館の常設展の無料鑑賞の特典が廃止されてしまったのは痛い。
たまたま賛助会の有効期限が切れた直後だったので、こまでの賛助会に駆け込みで購入し、今日は最初の鑑賞となった。

太田聴雨 《星をみる女性》1936年(昭和11年)
当時最新の国産初の本格的な天体望望遠鏡とそれを取り囲む和服姿の女性たち。
望遠鏡の方は、まるでカタログの商品紹介のような精巧さだし、解説を読むまで気付かなかったが、着物の柄は、春朝、社丹、小菊、楓というように、季節がまちまちらしい。ちょっと不思議な組み合わせなのだけど、意外と違和感はない。
なんだろう?プロモーションビデオみたいな感覚なのだろうか。

嶋田美子《風船爆弾・日の丸》1993年(平成5年)
風船爆弾がモチーフになった作品なんて初めて観た。空を背景に風船を見れば、こうして”日の丸”に見立てることもできるんだ…という気付きと、これらの製造に加担させられた女性たちの写真で、重い現実を突きつけられる気がした。

寺内曜子《Hot-Line 16》1984年(昭和59年)
もしかして電話線?と思って近づいてみたら、やっぱり電話線だった。
まもなくメタル回線を廃止するというニュースがあったが、この1本1本の線が人々の会話や情報を伝えていたのだと思うと、けっして無機質なものに見えなくなってくる。
北野謙《「our face」より 2002年FIFAサッカーワールドカップ、大阪長居スタジアムに集まった日本代表のサポーター60人を重ねた肖像》2002年(平成14年)
その結果、”平均的な顔”となってしまったように見えるが、作者は、あくまでも一人一人に向き合い、撮影した全ての人を等価に写し出そうとしたという思いだったようだ。さまざまな肖像写真があったが、どれも”いかにも”といった姿になっているのが、おもしろい。また対象とした集団の選び方も興味深く、サポーター60人なんてよく思いつくなと思った。
豊嶋康子《鉛筆》1999年(平成11年)
とても身近なのに、本来の用途から逸脱した作品。オーブントースターで加熱されて目盛りのゆがんだ定規とか、針先が様々な向きに変形された安全ピンなどとともに展示されていたのが、この鉛筆。丁寧に削られているけど、これじゃどうしようもない。
でも、ふと立ち止まって考えさせられるなにかがある。
榎倉康二《二つのしみ》1972年(昭和47年)パッと見た瞬間、大きな2つのしみがあるな…ということがわかるが、それ以上あまりちゃんと見ないまま、解説を見てみたら、実はこのしみはまったく同じ形をしていることがわかった。
これはあえて作られているわけで、物事には、偶然のようでいて、実は必然だったということがあるということをお知られた気がした。

岡崎乾二郎による、この2つの作品のタイトルは、これ。長い!
屋根の熱気に吹きつけられ、祖父の顔は頭蓋骨のようにもう色褪せて見える。ところで彼は何といったのでしたっけ?灼熱の焼きごてを眼に入れられようとしたときに。「僕の美しいお友達、火よ。もう少しやさしくお願いします」。大丈夫。安心なさって。姉は日傘を取りにいき、祖父は指先をまるく尖った舌で冷やしていた。
背後から火事が迫ってきたとでもいうの、この顔の青さは普通じゃないわ、どうしたの?ぽつりと答えます。「惜しいと思うほどの物は捉まえようと追いかけず、一生惜しんで思い出せるようにしておいたほうがいいんだよ」。そうか。胡瓜の漬け方を、老婦人から習ったときみたいに、熟した実がひとりでに落ちる音を聞いた。
2002年(平成14年)に制作された、この作品は、よく見ると、左右どちらも同じ構図になっていることがわかる。
勢いで描かれているのではなく、じっくりと思考された末に生み出されたものなのだ。

冨井大裕《roll (27 paper foldings) #15》2009年(平成21年)
なんだこれ…と思いながら解説を読むと…市販の折り紙セットの27色をすべて順に使い、一枚ずつロール状にまるめてホチキスで留め、4本のロールを真四角に組んだ形が基本ユニットで、収蔵庫にある指示書によれば、作品1点ごとにユニットの組み合わせ方が書かれていて、それは誰が作っても良いそうだ。
作品とは何をもって作品なの?という問い掛けをしている…たしかに。

髙柳恵里《ポケットガーゼ》1998年(平成10年)
折り紙の作品もなかなかだったが、この「水で濡らしたガーゼを適当な形にした上で乾かしてできた塊」が作品というのも、なかなかだ。
たったこれで作品になってしまうのだ。こんなもんで??とは思うが、実際こうして、いろいろ考えさせられるきっかけを作っているという点で、作品としての役割を果たしているのだとも思えてくる。



