8017 東京2025デフリンピック

ボランティア活動というものに対しては、まったく関心がないわけではなかったが、これまできっかけがなかった…というのが正直なところだろう。
ちょっと前に個人的にお誘いがあり、せっかくだから…ということで、東京2025デフリンピックの開会式に、ボランティアスタッフとして参加してみた。
会場は千駄ヶ谷駅前の東京体育館だ。
受付を済ませ、ボランティアとして活動するジャンパーが支給され、仕事内容の説明を受ける。

会場の全貌や、開会式の内容や掴めないこともあって、なかなか状況が理解できないまま、配置についてしまった。
東京都の職員や協賛企業からもボランティアが参加しているようで、役割や配置によっては、同じチームとして活動することになった。
与えられた役割は、会場の案内だ。
メディアと招待客の席、車椅子の方向けの場所、トイレや出口などを案内する。
いろいろと気づきというか、興味深いこともあった。
まず、今回70〜80の国や地域からの参加があって、それぞれの旗が掲げられているが、タツノオトシゴのような旗があったので確認してみたら、全日本ろうあ連盟のシンボルマークだった。
3月3日耳の日にちなんだ「3」の数字、ろう者の「ろ」の字、耳のかたちを総合して作られたデザインだそう。
入場行進で最初に入ってきたのは、フランスだった。
デフリンピックが最初に開催された国ということで、オリンピックではギリシアが最初なのと同じ理屈のよう。
多くの国や地域の参加はあるが、その人数はさまざまだった。
同じヨーロッパでも、たとえば、ポーランドやトルコなどは、列が収まりきらないくらいの長さがあった一方、フィンランド、オランダなどは数人程度だったりした。
国や地域によって取り組み方やその歴史に差があるのだろう。
最後の方、ウクライナが入ってくると、会場の歓声が大きくなった。
肝心のボランティア活動のほうだが、開会式が始まるまでは、それほど対応すべきことも少なく、比較的のんびりとしたものだった。
もっとも対応したのは、トイレの場所の質問。
これを伝えるだけでも、“人様の役に立った”という実感を得られた。

問題は、開会式が終わってからだ。来場者が一気の会場を出るので、どうしても出口に人が滞留してしまいがちだ。
しかも、目的地によって案内を分けないといけないため、これに苦労することになる。
もっとも困ったのは、館内の動線の悪さだった。
各フロアによって、利用できる出入口や階段の方向が真逆だったので、選手や来場者が自分たちの行きたいところに向かうためには、上下の移動や館内を往復することになってしまうのだ。
点在する宿泊先に向けてバスに乗ってもらうのだが、動線が直感的ではなく、さらにこちらにも情報がきちんと伝わってなかったので、少し混乱してしまった。
耳が不自由な方が多く集まるイベントではあったが、同時に”国際”大会ということで、英会話ができたほうが良かったと実感。
別にものすごく難易度の高い会話ではなく、極めて単純なものでいいのだけど、伝えたい瞬間に思い出せないことが、軽いストレスとなった。
また、全体を通して感じたのは、相手に声をかけるタイミング、困ってる人の見極めなど、経験が必要だなと感じることは少なくなかったということ。
ずっと立ちっぱなしだったので、かなり疲れてしまったが、振り返ればとてもいい経験ができたと思う。








