7960 企画展「TOPコレクション トランスフィジカル」
山種美術館のあとは東京都写真美術館へ。
「総合開館30周年記念 TOPコレクション トランスフィジカル」を鑑賞。
写真美術館の展示は、いつも、ちょっと難しいことが多い印象があって、解説を何度読んでも、なかなか頭に入ってこないのは、自分の理解力が足りないのか、事前の知識が追いついていないせいか?
多数の作品があるなかで、気になったところだけをピックアップすると…
まず冒頭で紹介されていた、最初期のカラー写真から、写真の歴史というものに興味が出てきた。

ルイ・デュコ・デュ・オーロン《アジャンの風景、木と水の流れ》1877年
シアン(青緑)、マゼンタ(赤業)、イエロー(黄)の顔料で重ね合わせてカラー写真を作るのだが、完全に成功していないようで、実際、綺麗なカラー写真にはなっていない。
色褪せた感じなのは、単に写真が古いからではないようだ。

マシュー・B・ブレイディ・スタジオ《万延元年米使節団》
1860年こちらは後半で紹介されていたものだが、万延元年米使節団(1860年)の一員であった野々村忠実の子孫から寄贈された写真のひとつだそう。
江戸幕府による初のアメリカ公式訪問の際に影され、最も古い日本人肖像写真の一例という。
ものすごく小さい。
検索したら、Wikipediaにもうちょっと鮮明な写真が出ていた。
さらに気になったのは、写真の特性というものについて。
絵画が作者の理想を具現化したものに対して、写真はそのままの現実を突きつけるという点において異なる気がする。
もちろん、写真だって作者の理想を具現化できるまで、何度も撮り直したり、加工したりするものだろうが、撮影された瞬間という起点が存在するのは、絵画と決定的に異なる部分だ。
またほぼ完璧な複製もできるという点も絵画などと異なる。
そうした写真の特徴をあえてなくす試みみたいな作品も気になった。

小山穂太郎《無題》
1990年写真プリントの表面を焼いたり漂白したり削ったりしてひとつのネガから別作品を作り出すことで、写真の特性を”放棄”しているとあった。
”写真の特性を放棄”というのは、写真を”活かした”作品ということにもなるわけだ。

伊島薫《(グラスと花びら)》
1990年「国際花と緑の蛇会」で開催されたポラロイド写真で、1点物のプリントとあった。ポラロイド写真は、原理上ネガがないという解説に、いまさらだが、なるほどと思った。
最後は、企画展ではなく、ロビーにあったモニターに映し出されていたので、なんだろう?と思ったら、これも作品だった。



