7547 ”氷旗”について検索していくと…
以前から気になっていたのは、かき氷などを示す、波しぶきに氷の文字。
氷のあるところであれば、どこでも見られるおなじみの“アイコン”となっている。
波の上に赤い氷の文字…この独特なデザインは、全国共通であちこちで見られる。
一体どういう由来があるのだろう?
いろいろ検索してみると、なかなか興味深いことがわかった。
まず辿りつくのが、中川嘉兵衛という明治の実業家だ。
彼が、ヘボン式ローマ字創始者として知られる医師ヘボンより、氷が医療用食品保存に有益であることを教わったことから、天然氷の事業化に着手する。
その後、かなりの失敗を重ね、大変な紆余曲折のうえ、ようやく函館の五稜郭で氷を採取し、東京や横浜で販売する事業を成功させた。
そしてここで氷旗のデザインの原型が誕生する。こんな記事を見つけた。
中川嘉兵衛は函館・五稜郭外堀で切り出した天然氷の氷旗に、函館氷や天然氷の文字に龍が舞う図柄をデザインして販売したものを龍紋氷と呼んでいました。
また、関西で函館氷を販売していた山田啓介の会社の龍紋氷室の氷旗にも、氷の文字と産地の下に波模様が描かれていました。
函館氷が海を渡って運搬されていたことから、氷の文字の背景に水流模様を描く原型になったといわれています。
その後、波しぶきに千鳥が組み合わされるようになり、日本古来よりある伝統的なデザインの波千鳥になりました。
なんとこの波は、函館からやってきた海を示すものだというのだ。
それを知ってあらためてこの氷旗を見ると、これまでと違って見えてくる。

風刺画でおなじみのジョルジュ・ビゴーが描いたこの絵には、しっかりと氷旗が登場している。
その後、日本人による初の製氷会社「東京製氷株式会社」が設立され、天然氷との激しい競争が始まる。
天然氷の限界を認識していた中川嘉兵衛も「機械製氷株式会社」を計画するが、設立前年に亡くなってしまう。
機械製氷は東京製氷と合併し日本製氷株式会社となるも、日本食料工業株式会社に吸収合併され、さらに共同漁業株式会社と合併して、日本水産株式会社(旧)となった。
戦時統制下において、日本海洋漁業統制と帝国水産統制に分割され、前者が現在のニッスイ、後者がニチレイとなっている。
こうした歴史がおもしろいなぁと思うのは、知らなければ、まったく気づかないけど、それぞれにしっかりとした”つながり”があるということ。
あの独特な氷旗がこうして存在するのは、中川嘉兵衛がヘボンに出会う必要があったし、彼が諦めずに挑戦を重ねて、函館からの天然氷事業を成功させることができたからだ。
そして、彼の計画した会社が現在のニチレイにつながっているなんて、ネタ的にもおもしろい。

