箱根富士屋ホテル物語/山口 由美

箱根富士屋ホテル物語
山口 由美

千早書房

話は、創業者の山口仙之助が、岩倉使節団とともに渡米したらしい…というところから始まる。

著者は富士屋ホテル三代目山口堅吉の孫ということもあって、興味深いエピソードが、数多く掲載されている。

書いていることが「実家」のことだから、書きにくいこともあったかもしれない。

実際に、それがよく分かるのが、本書が『「嵐」の舞台裏』という章が“増補版”として出版されたところによくあらわれている。

あの横井英樹によって、富士屋ホテルが乗っ取られようとした事件について、詳細が書かれている。最終的には、小佐野賢治率いる国際興業グループに入ることになるのだが、創業家やそれを取り巻く人たちは、まるで「華麗なる一族」のようなドラマを見ている感じ。

さて、本編は、富士屋ホテルが、そういった経緯で誕生し成長していったかを、丁寧にたどっていく。

ところどころで、富士屋ホテルで育った著者ならではの思いが表れている。先述のように、すでにホテル自体は、創業家の手を離れているから、複雑な気持ちもあるのかもしれない。

富士屋ホテルの建物や装飾は、単に“クラシックホテル”というカテゴリに収まらない独特のものだ。こうしていまも異彩を放っているのは、創業者の山口仙之助、2代目正造、3代目堅吉の個性そのものであり、それぞれの役割をしっかり果たしてきたからこそだということが、この本を読んで分かった。

この箱根、宮ノ下にホテルを作ろうとした初代仙之助の苦労もさることながら、2代目正造の多才ぶりは興味深い。

彼は、日光の金谷ホテルから、のちに婿として富士屋ホテルにやってくるのだが、17歳のころ、病気のために1年留年することになった正造は、負けず嫌いの性格から、下級生と机を並べるくらいだったら、留学した方がいいと、アメリカに渡ってしまう。

その後、放浪の結果、ロンドンにたどり着き、ひょんなことから、ある柔道家との出会い、どういうわけか、柔道の興行を始める。

当時珍しかった柔道。自らも実演し、世間に認知されるようになる。各地の警察で柔道を教えるようになったばかりでなく、ロンドン市内に柔道学校まで開校してしまう。

あれよあれよという間に、無一文から大きな屋敷に住み、使用人を何人も雇うような大金持ちになってしまう。この間、わずか8年。

この間に、アメリカ、イギリス、そしてさまざまな階級の英語を身につけ、のちにホテルで生かされることになるし、興業を通じて、人(特に外国人)を楽しませるスキルも身につけたのだろう。

月並みな表現だけど、人生何が起こるか分からない。

さまざまなエピソードがあって、紹介したいこともたくさんあったのだけど、このへんにしておく。

今回、実際に宿泊しながらこの本を読ませてもらったので、文字通り、リアリティがあって、より楽しめた。

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