3055 合理性では推し量れない

スーパーで「純水」…いわゆる、美味しい水を持って帰れるサービスをやっている。最初に、2リットル程の専用ボトルを500円で買えば、あとは無料なので、とてもお得だ。

それだけに人気があり、給水機には行列ができていることも多い。

そして、そこには「お一人様1本まで」と書かれていて、2本以上の場合は、列に並び直して…とある。実際、2本以上のボトルをを持ってくる人が少なくない。注意書きに従えば、結構時間の掛かる作業となる。

いつも、この光景を見て思うことがある。

人の考えはそれぞれだし、価値観の相違だと言われれば、その通りなのかもしれないが、それほど時間や手間を掛けてまで、無料の水が欲しいものなのか?ということだ。

ここで配られているのは、ものすごい貴重な水ではないし、水道水を高度に浄化しただけの水だ。それでも、時間と手間を掛けて、何本も水をくむ人たち。

先日の、粗品に群がっていた人たちも同じなのだろうけど、こういった心理は、当事者にしか分からない。いや当事者も、ほとんど本能的に行動しているだけであって、おそらく合理的な判断として考えた上での行動ではないのだろう。

こうした合理性で判断できない行動は、当事者でない者から見れば、しばしば違和感を覚える。自分が当事者の場合は、それては正反対として見えるのだろうけど。

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