2320 “死”というもの

世の中にこれだけたくさんの人がいるということは、当然のことだけど、この同じ数だけの人が死んでいく。そして、ごく当然のことのように「死」からは完全に隔離されている。ふだんの生活の中で、死というものを感じることは、まずあり得ない。

先日のニュースだが、すごく身近な場所で、あり得ないような事故が起きた。

警視庁池袋署は女性が屋上から飛び降り自殺を図り、下を歩いていた男性を直撃したとみて調べている。


この写真は9月8日

屋上から身を投げた人のことや、不幸にも接触して重傷を負ってしまった人についても、いろいろ思うところはあるが、それとは別に不思議な違和感みたいなものを覚えた。

ここは、ビックカメラとか東急ハンズなどへ買い物に行く際、よく歩く場所だ。何を買おうか悩むことはあっても、死というものを意識することなんてあり得ない場所だった。

賑やかな都会のど真ん中で、突然突きつけられた死。

死というものが、実は、すぐ隣り合わせにあるということを見せつけられたような気がした。

4 thoughts on clomid discount2320 “死”というもの

  1. 最近皆勤賞(笑)
    ウチの店もパルコに出店してるから敏感にこの情報を
    キャッチしました。
    まさに池袋の中心地だよね。
    自分も若かりし頃、この界隈でガールハント(古っ)
    してたよ。
    そんな場所で屋上への鍵までこじ開けての飛び降り、
    寂しかったんだろうな・・・

  2. 数日前、あわや交通事故という状況に放り込まれました。
    “死”は案外身近にあるものだな…となぜか冷静に考えている自分に少し驚きましたが
    “一歩間違えると”という事態があちこちに潜んでいる世の中になってしまったように
    思えてなりません。

    でも…交通事故はともかく、自分の上に人が降ってくるなんて普通は誰も考えたりしませんね…

  3. 巻き添えになった男性が今日、亡くなったそうです。
    http://s04.megalodon.jp/2007-1110-2254-00/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071110-00000103-san-soci
    本当に残念としかいいようがありません、男性のご冥福をお祈りいたします。

    自分は身内をまだ生まれてから亡くしたことも無く、身近な人の葬式にはまだ一度も行ってません。
    しかし、9月の初めに別のクラスの面識の無い同級生がくも膜下出血で亡くなくなり、全校で黙祷がありました。それが始めての死を身近に感じた瞬間でした。
    同級生は最後に登校した日まで全く元気だったそうです。同級生のクラスの授業を受け持っていた担任が「きっと、一週間後が自分の葬式だと思わなかったんだろうな・・・」と言ってました。
    いつも、身近に居たクラスメイトが突然、クラスから居なくなり、最後に会うときは「ただの人形」になっているなんてとても怖いことだと思います。

    身近な人が突然死ぬのは自分の死ぐらい怖いものだと感じました。

  4. ≫ マーオブジョイトイ さん
    やはり亡くなられたんですね。本当に痛ましいことです。

    “死”というものは、日常生活を送る上において、できるだけ
    実感されないように、巧妙に隠されているような気がします。

    面識がないとはいえ、同級生が突然亡くなったなんて、
    ビックリしたことでしょうね。
    マーオブジョイトイさんのお話や、今回の池袋での事件のように、
    ふとした瞬間、“死”に直面すると、結構ショックを受けます。

    でも、逆に“生きる”ということをあらためて考えてみる
    きっかけにもなるような気もしています。

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