[社会の窓]無意識のメッセージを受け取っているような…

古い建物を見ていると、そのデザイン、意匠はどういう意図で作られたんだろう?と、気になることがある。

そうした意識的に作られたものとは対照的に、偶然というか無意識的にというか、結果的にデザインされた“風”(ふう)のものを見ると、なんだか楽しくなってくる。

その好例を、上野下アパートで見掛けた

受電のための引込線と、そこから各戸に向かってきれいな放射状に描く電線。

おそらく意図して作ったデザインではないだろう。

デザインとか意匠って、それを考えた人・作った人と、見る人の、“見えないキャッチボール”だと思う。

この場合、有名な建築家やデザイナーではなく、現場で作業をされた無名の職人さんからのメッセージを見ている…といったら、大袈裟だろうか。

先日の銀座を歩く企画でも、同様な興味を持たれた方もいらっしゃったが、こうした部分を見つけると嬉しくなってしまう。

嬉しすぎて、こうして見出し(ヘッダー)画像に使ってしまうくらい。

4 thoughts on “[社会の窓]無意識のメッセージを受け取っているような…

  1. >ろんさん
     近頃は身の回りに「古びたもの」が少なくなり、「新しく小奇麗なもの」に囲まれるようになりましたね。
     古いものに「味」とか「面白さ」と感じる人がどれだけいるのか。
     わが身内の反応を見ていても、「古びたもの」を「古臭くて汚いガラクタ」としか見ていない。
     「ちょっと昔を省みる」ことの面白さに気づかないでいる人が多いようで残念です。
     ものに込められた背景や作者の気持ちに思いを馳せることの楽しさ。

     その割に、名のある「名作」や「芸術品」には人が殺到する。
     身の回りの何気ないものに目を向ける余裕がなくなっているのでしょうね。

  2. ≫ planarさん
    古い=遅れている…といったイメージを受ける人は少なくないように思います。
    存在し続けてきたという事実は、それだけでも学ぶことが多々あるはずなのですが…。
    著名な名品と違い顧みられる機会が少ない分、planarや僕のような気になってる人たちが、ちょっとでも理解してもらう機会を作るという地道な活動も必要なのかもしれませんね(笑)

  3. ≫ A棟住人 さん
    いい雰囲気ですよね。耐震性やら、効率化やら求めれば、維持は難しいんでしょうが、でも、やっぱり、なんとかならなかったのか?って、思ってしまいます。

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