7941 CAN’T UNDO THIS!!
昨日、エレベーターだったか電車内ののデジタルサイネージだったか…で「今日は何の日」という情報のなかに「ジュリアナ東京が営業終了した日」とあった。
その言葉が妙に引っかかり、今朝、何気なく現地を訪れてみることにした。
向かったのは田町駅。
ジュリアナ東京の最寄り駅は、当時も今も変わらないが、周囲は大きく再開発され、かつての面影は薄れている。
また、いまはシェアサイクルを使えば、あっという間に到着するのも時代の変化を感じさせる。

現地に着くと、特徴的な入口の屋根がまだ残っていて、場所はすぐに分かった。
独立した建物なのかと思ったら、同じ建物内にボーリング場もある、大きなビルの一部という感じだった。
あの赤い独特の屋根は入口までのあいだの、立体駐車場から落ちてくる水滴を防ぐために設けられているよう。
ジュリアナ東京閉店後はいくつかの店が入れ替わったようだが、今は入口が閉ざされていた。

調べ直してみると、ジュリアナ東京は「バブルの象徴」と言われながら、実際に営業していたのは1991年5月から1994年8月31日までだった。
バブル景気そのものは1986年12月から1991年2月までとされているので、時期的にはすでに「バブル崩壊後」に存在していたことになる。
つまりジュリアナ東京は、純粋な「バブルの産物」ではなく、むしろ人々がまだ現実を直視できず、余韻の熱狂にしがみついていた時期を象徴していたのかもしれない。
そのジュリアナ東京もやがて人気が陰り、転機となったのが「お立ち台の撤去」とされている。
具体的な数字は定かではないが、当時のニュース映像のナレーションでは「最盛期の10分の1以下」とまで言われていた。
そう考えると、これは単なるディスコブームの終焉ではなく、ジュリアナ東京特有の仕掛けが失われたことこそ、急激に魅力を失った原因と考えるべきかもしれない。
さらに調べていて面白かったのは、ジュリアナ東京の映像とセットで紹介されることが多い「CAN’T UNDO THIS!!」についてだ。
この曲がリリースされたのは1994年。ジュリアナ東京が閉店したのも同じ年の8月末。
つまり、もし実際に店内で流れていたとしても、その期間はごく限られていたはず。
にもかかわらず、今では「ジュリアナ=CAN’T UNDO THIS!!」というイメージがすごく強い。
これは間違いなく後年のマスコミによる刷り込みの結果だろう。

旧ジュリアナ東京を後にして、浜松町方面に進んでいくと、すぐにブルーフロント芝浦の真新しい建物が見えてきた。
どうやら、今日グランドオープンするらしい。
ジュリアナ東京の営業終了から30年以上が経ち、こうして周辺は大きく変わり、当時の人々の記憶は曖昧になりつつある。
今回、あらためて感じたのは、自分も含め多くの人たちの記憶は実にあいまいで、後から付け加えられた映像や物語に強く影響されるということだ。
そして、その記憶の”物語化”にもっとも大きな役割を果たしているのはマスコミだという点も意識しておくべきだろう。
興味深いのは、象徴として用いられる「CAN’T UNDO THIS!!」というタイトルそのものだ。
本来は偶然の産物にすぎないのかもしれない。
だが、この「もう取り消せない」「やり直せない」という意味を持つタイトルが、結果的にバブル景気の熱狂も、ジュリアナ東京の狂騒も、二度と戻らないものとして言っているように思えてくる。
そういった意味で、この曲のタイトルは、単なるBGMではなく、日本のひとつの時代を象徴する“意味深な予言”のように感じると言ったら、ちょっと大げさだろうか。



