7905 気づいてしまったからには…

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終日混乱したようだ
終日混乱したようだ

ずっと眠っていたこともあり、カムチャツカ沖で地震が発生し、津波警報が出ていたことを知ったのは、ずいぶん後になってからだった。

「警報」ということで、大きな津波が襲来する可能性があったが、実際には、それほど大きな波は観測されなかったようだ。

とはいえ、津波警報を受けて避難中だった女性が、誤って車を転落させて亡くなるという痛ましい事故も起きている。

また、海沿いを走る鉄道路線は運休を含め、終日混乱が続いていたようだ。

現実として大きな被害がなかった以上、「結局、何も起きなかったじゃないか」と、予報の信頼性を疑う声が出るのも、ある意味では当然のことかもしれない。

もちろん、気象庁の立場や、津波の予測がいかに難しいかということも、よく理解できる。

ただ、ふと思った。

昔は、こういうことはなかったような気がする。

技術の進歩や、数々の震災を経た経験の蓄積によって、津波予測はより精密になったはず。

だが、それは「精度が上がった」というより、「想定しうる可能性の幅が広がった」ということではないか…と。

つまり、知見の積み重ねによって、多くの可能性に“気づいてしまった”のだ。

そして、一度気づいた以上、それを無視することはできない。

結果として、より多くのケースに警報を出すようになり、精度が下がったように感じられてしまう――そんな皮肉な状況に陥っているのかもしれない。

それで、だんだんと人々の信頼を失っていくとしたら、こんなに不幸なことはない。

Posted by ろん