7914 展覧会「小泉淳作展」
日本橋高島屋で開催中の展覧会「小泉淳作展」を鑑賞。
初めて聞いた画家だった。
小泉淳作は、1924年(大正13年)神奈川県鎌倉市に生まれで、当初は文学の道を目指し、慶應義塾大学仏文学科Ⅱ入学するも中退。
1943年に東京美術学校(現:東京藝術大学)日本画科へ進学する。
しかし、学徒出陣や肺結核での療養を経て、1948年に復学したが卒業は1952年、そして作品が評価されるまでには20年以上掛かっている。
初期はルオーのような作風で、その後は水墨山水画に開眼、60代以降は静物画も描き、晩年は襖絵などの大作を手掛けている。
展覧会の解説などからは、そうした経過を知ることはできたが、検索してみると、いろいろと興味深いことがわかる。

文学の道を諦めたのは、安岡章太郎に出会ったことだとあったが、自分が安岡章太郎を知らなかったので、検索してみると…。作家の坂口安吾が「いつ芥川賞をもらってもフシギのない作家」と評したり(実際に芥川賞を受賞している)、村上春樹は「戦後の日本の小説家の中でいちばん文章がうまい人」「どれもまさに舌を巻く出来」だと述べるなど、非常に高い評価を受けている人だった。
そんな人と自分を比べたら、さすがに考えることはあるだろうが、もし安岡章太郎と出会わなければ、まったく違った人生になっていた可能性もあるわけだ。
画家の一生をたどると、思わず「本当に同じ作家なのだろうか」と思うほど、大きな変化が訪れる瞬間がある。
小泉淳作でもそれを感じた。
彼は、おそらく「遅咲き」と評される画家だろう。
さまざまな試行錯誤を知ることは、作家が何を思い、何を選び、そして捨ててきたのかを教えてくれるはずだ。
今回の展覧会は、作風の変化の裏にある考え方の変化についての解説があまりないように感じられたのが、ちょっと残念。
会場入口Ⅱ、おそらく小泉淳作が描いたであろう「シイラカンス」の絵があったが、結局この作品?は展示されることもなく、解説されることもなかった。
いったいあれは何だったのだろう?





