8123 追い込まれて、初めて知る景色

今に始まったことではないが、ここ最近、さまざまな対応策に追われている。もちろん、うすうす可能性として考えられることについては、自分なりに対策を練り、想定してきたつもりだった。
しかし、いざそれが現実として目の前に突きつけられると、自分の見通しがいかに甘かったかを思い知らされる。
ポジティブに捉えるならば「その時々で最善の選択をしてきた」と思いたいところだ。
けれど実際は、ただ自分の思慮が浅かっただけではないかと、自責の念に駆られてしまうこともある。
良かれと思って動いているはずなのに、ちっとも結果が伴わなかったり、思うようにいかなかったりすると、どうしても後悔ばかりが頭をよぎる。
まさに、追い込まれて初めて、本当の現実を知るのだ。
ただ、いまこういう状況になって、あらためて思うのは、こういう時に何より大事なのは、現時点で自分が使えるリソースが、どれだけあるのかを、冷静かつ的確に把握することだ。
たとえば、時間、資金、頼れる専門家、そして家族の協力など。
こうした厳しい状況だからこそ、これまで見えていなかった景色が見えてくるような気もしている。
「最悪だ」「ついていない」と思うようなできごとが連鎖しているようにも感じてしまうが、こういうときこそ投げ出さず、慌てず落ち着いて考えることで、前述のようなリソースが見えてきて、最善策を考えていくことができるのだ。
これから始まる長丁場の、最初の踏ん張りどきかもしれない。