羽田空港おもしろ事典 /羽田航空宇宙科学館推進会議
- 羽田空港おもしろ事典 「東京の空の玄関」の不思議とヒミツ
- 羽田航空宇宙科学館推進会議
- 徳間書店 (2024/3/21)
羽田空港へは何度となく行っている。
飛行機を利用するときはもちろん、空港自体が目的地であることも多い。
そういった意味では、関心が高いこともあって、羽田空港については、いろいろと知っているつもりだ。
本書は、羽田空港にまつわるさまざまな情報を紹介しているので、自分の知っていることとの答え合わせや、振り返りのつもりで読んだ。
7つの章に分かれていている。
Chapter1 開港前の羽田歴史探訪 中世〜明治初期の羽田
Chapter2 羽田が日本の空の玄関口になるまで 羽田空港の現代史
Chapter3 こんな驚きのサービスも!? 羽田空港今昔物語
Chapter4 知っておきたい羽田空港の設備 空港施設と働く人たち
Chapter5 羽田空港が舞台となった事件と出来事
Chapter6 もっと知りたい羽田空港の秘密
Chapter7 空港以外も見どころ満載 羽田空港周辺散歩
特に歴史については知らなかったことが多かった。
大正時代、羽田空港南砂に東京市飛行場が計画され実際に埋め立てまで始まっていたこと、それが現在の”夢の島”であることなど、知らなかった。
1931年8月、羽田に作られた東京飛行場の最初の乗客は6000匹の鈴虫と松虫だったとか、終戦後GHQによって接収された羽田空港にあった鴨池という池に多数の航空機が”投棄”されたといった、トリビア的な話などもおもしろかった。
1958年オープンした空港ターミナルビルは、当時世界でも珍しい民間資本によるものだったた、入居するエアラインに負担を掛けないため、”付帯事業”に力をいれることになる。
観光客の誘致には力を入れたそうで、1965年年間380万人近くの見学者のうち6割が団体客だったそうだ。
特に修学旅行先として受け入れに熱心だったという。
1964年11月から、反転フラップ式案内表示器、いわゆる”パタパタ”の試用が開始され、1968年から本格導入される。
これは日本で初めての採用で、その後全国に広がっていく。
羽田空港が舞台や現場となったできごとも詳しく紹介している。
ビートルズやマリリンモンローなどが来日したときの有名な光景は、羽田空港で撮られたものだし、羽田空港に到着した飛行機から降りて、そのまま「ザ・ベストテン」で「青い珊瑚礁」を歌った松田聖子などのエピソードが紹介されている。
ちなみに、この「ザ・ベストテン」でランキングを紹介していた、あの”パタパタ”は、羽田空港で使われていたものをプロデューサーが思いついたものとのことだ。
また、事故の歴史や、最新の周辺案内などもあって、とても充実した内容でおもしろかった。
