疲れているせいか、いつものように目覚めはあまり良くない…。せっかく旅行に来ているのに、目覚めが良くないというのも変な話だけど。
朝食は旅館らしくボリュームたっぷりの和食だ。毎朝パンを食べているが、たまには和食も悪くない。おかずがいっぱいあるので、おかわりしてしまうほどだが、お腹いっぱいで、旅行に差し支えるのもまずいので、腹八分目ってことで。
せっかくだからと温泉につかりに行く。誰も入っていないことを良いことに、写真を撮ってみる。
今日も電車で移動するのだけど、乗り継ぎが悪くて、別所温泉駅の出発は11時過ぎ。旅館のチェックアウトが10時なので、荷物を置かしてもらって、温泉街を散策することにした。
信州の鎌倉と称される別所温泉は、古いお寺が数多くあって、他の温泉街にはない独特の雰囲気がある。
あまり時間がないので、日本で残る唯一の八角形の三重の塔を見に行く。日本でここだけっていうと、それだけでありがたがってしまう。もちろん国宝で長野県で最初に指定されたという。この塔のある安楽寺も、長野県で最も古い禅寺なのだそうだ。
この八角形という形は、中国から伝わってきたと言われると、確かにそんな気がする。それにしても、なぜ日本でここだけなのか、全くと言っていいほど流行しなかったのか不思議な気がする。
別所温泉駅へ。
ステンレスのきれいな車両は、かつて東急各線で走っていた7200系で、もう東京では見ることのできないという意味からは、貴重な存在かも。
発車までほとんど時間がなかったので、あまりじっくり見ることができなかったが、別所温泉駅のすぐ前にモハ5250、通称“丸窓電車”が置いてあった。
上田駅から軽井沢駅までは、しなの鉄道で。
今からちょうど10年前に長野新幹線開業にあわせて、並行して走っていた在来線の信越本線の一部、軽井沢−篠ノ井間が、第三セクターのしなの鉄道に移管された。
新幹線開業前であれば、ここから普通列車を乗り継いで東京まで帰れたのに、いまでは軽井沢で行き止まりだ。
かなり久しぶりに乗る路線なので、車窓を楽しみながらも、なんだか落ち着かない。
止まった駅で見かけた駅舎。あれ?と思ってよく見れば、車掌車(緩急車)だった。かつて貨物列車の最後尾に連結されていたもので、車掌車自体の連結が廃止された今は、見ることができるのは博物館くらいか?
窓ガラスもなく、吹きさらしの駅舎になった車掌車が可哀想な気もしたが、解体されてしまうより、こうして行き交う列車を眺められているだけ、幸せなのかなと思った。
軽井沢駅に到着。
当然、横川方面の線路は途切れていて、横川駅へはバスで行くことになる。
下の写真は旧軽井沢駅舎記念館で、かつての軽井沢駅。現在の駅舎は新幹線が開業したときに、全く新しく作り替えられている。
古い駅舎が保存されているのは喜ばしいことなのだけど、もうちょっと雰囲気を大事にして欲しかった。
というのも、この趣のある旧駅舎は真正面から見ることができないのだ。どういうわけか、駅と正面の通りを遮るかのように、駅の真ん前に交番が建っている。何もどうしてもここに交番がなければならない…ということはないと思うのだけど。
内部が有料で公開されていて、貴賓室として使われていた部屋が開放され座ってみることもできるようになっている。またプラットホームにも出られるようになっていて、かつて走っていた貴重や機関車や横川の文字の入った駅名案内板もあった。
ここ軽井沢から草津温泉まで、草軽電気鉄道という電車が走っていた。1962年(昭和37年)に廃止になってしまったが、軽井沢を散策したあとに、電車に揺られて、草津温泉に行くなんて、想像するだけでも楽しそう。
でも、調べてみると、この鉄道は、線路の規格が貧弱で、スピードが出せないため、実に3時間近くもかかっていたというから、実にのんびりしたものだ。
今晩は軽井沢に泊まるので、いったんホテルにチェックインしたあと、再び外出。夕方近くになってようやく昼食をとったが、このとき初めて、首相退陣表明が前日にあったことを、昼食をとったお店に置いてあった新聞で知った。
そういえば旅行に出掛けて以来、新聞やテレビを一切見てないことに気が付いた。ちょっとびっくり。
旧軽銀座方面にぶらぶら歩いていたのだけど、とりたてて見たいお店もなかったので、自転車を借りて、これまでに行ったことのないあたりを散策することにした。まず向かったのが、雲場池。小さな池の周りは遊歩道になっているので、一周してみる。
ここんところ、水があるとそこにカメラを入れて中を観察したくなる。
水は澄んでいて、透明度も高そうだ。ガイドブック等によると、ここから上流にあるホテル鹿島ノ森から湧き出た水を水源としているらしい。湧き水が水源なら、きれいなのも納得。
白糸の滝もそうだったが、ここでも、木が根本から倒れているのを何カ所も見つけた。遊歩道が完全に浮き上がっているところもあったが、特にこれといった規制もなく、そのすぐ脇を注意深く歩く。
続いて向かったのが、聖パウロカトリック教会。
軽井沢では有名な教会…ということくらいしか知識がないのだけど、教会内に入って祭壇をじっと見つめると、気分が落ち着いてくるから不思議だ。
さらに自転車で向かったのが、ショー記念礼拝堂と、ショーハウス。
軽井沢を避暑地として初めて紹介したのが、アレキサンダー・クロフト・ショーという人で、この礼拝堂は、軽井沢初の教会であり、ショーハウスは軽井沢初の別荘ということになる。彼は軽井沢にとって大変な恩人ということになる。
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