ありがとう!テール

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アイコンお別れしてから
当時の日記・・・

  309 覚悟
01/24 (金)

hare.gif 「テールが死んじゃった」父からの電話を会社で聞いた僕は、最初、不思議と落ち着いていた。「いつかこの日が来る」わかっていたことじゃないか。16年近くも生きてきたんだから、大往生だよ。自分に言い聞かせていた。しばらくして、涙があふれ出てきた。トイレで泣いた。「いつかこの日が来る」・・・そんな覚悟はできているようで、まったくできていなかったんだ。涙が止まらない。ペットロス・・・そんな言葉も知っていた。けど、やっぱり他人事だったんだ。悲しくて、悲しくて、つらくて、つらくて。実家を出てから、せいぜい一ヶ月に一度しか会えなかったけど、実家で元気でいるという事実だけで気持ちが落ち着いていた。さすがに最近は、体力が落ちているみたいだけど、それでも一日二回の散歩を欠かさず、ご飯もちゃんと食べていたというのに。◆今日は、時間が経てば経つほど、むしろ苦しくなってしまって、会社には申し訳ないが、仕事に身が入らなくなってしまった。早めに帰って、気分転換しようとテレビでやっていた「千と千尋の神隠し」を見た。一瞬落ち着いた気がしたけれど、テレビを消すと、ふたたび強烈な悲しさと辛さが襲ってきた。あいにく、そんな悲しさと辛さに立ち向かえるような強さを持ち合わせていないので、僕はただ、泣くしかなかった。覚悟なんて軽々しく言えないということを嫌というほど、思い知らされている。(2003.1.24)



 最初の知らせを自分でも意外なほど冷静に聞いていた。でも、しばらくすると抑えきれないほどの悲しみが襲ってきた。 そして、いろいろ後悔した。もっと遊んであげればよかった。一緒に写真をとりたかった・・・頭ではわかっていても、テールがいなくなってしまったという事実を受け止めることはできませんでした。


  310 試練
01/27 (月)

ame.gif あまりにつらい週末があけて、またいつもの毎日がやってきた。やはり、心のどこかにテールがいて、気持ちが落ち着かない。周りには迷惑をかけないようにしないと。◆実家の母がとても心配。僕は写真を見ずに仕事や他のことに打ち込めば、テールのことを思い出さずに済む。けれど、実家の家は、思い出が詰まっている。どこを見ても、テールとの思い出がいっぱいで、とても苦しいんじゃないだろうか。◆ペットが亡くなって、苦しんでいる人は多いようで、たとえば、Googleで「ペットロス」という言葉で検索すると、約一万件もヒットする。ペットを飼う人たち、誰もが受け止めなくてはいけない試練なのだろう。まだ、あの日から日が浅いから、ペットロスというほどのものでもないのかも知れないけど、とにかく、今は、時間が解決してくれるのを待つしかないのように思う。忘れてしまいたいような・・・、忘れちゃかわいそうなような・・・◆テールだって、苦しめようとして亡くなったわけじゃない・・・そんなことはわかってるんだけど。(2003.1.27)


テールが残してくれたもの。
楽しい思い出が、悲しみで隠されてしまいそうな気がして、また悲しくなるのでした。


  311 夢を見た
01/28 (火)

hare.gif 周囲の流れの速さは、ときとして自分を失わせる。そもそも自分というものがなんなのかよくわからないけれど、こうありたいと思う自分から、離れていってしまう気がする。昨日、テールの代わりに新しい犬がやってきた夢を見た。テールが亡くなって、まだ数日しか経っていないのに、心のどこかで整理というかけじめを付けようとしているのかも知れない。でも、昨日も書いたように、忘れたいけど忘れたくない。そんな漠然とした気持ちのまま、日々を過ごしている。まだ、めざましテレビの「きょうのわんこ」のコーナーもまともに見られないし・・・(2003.1.28)



僕の生活は、何一つ変わらない。
けど、テールと亡くなる日まで過ごしてきた母が心配でした。
家中にテールとの思い出が遺されている。辛さから逃げるために写真を見ないということができるけど、母は、テールとの思い出の中で過ごさなければならない。そんな母が心配でした。


  312 納得させようと・・・
01/29 (水)

hare.gif 幸か不幸か、今日は昨日までに比べて忙しかったので、テールのことを思い出す時間が少なかったように思う。そんな感じで、すこしずつ忘れてしまうのかと思うと、それだけで締めつけられるような苦しさを感じる。◆今回のことでよくわかったのは、多くの人がペットが亡くなる苦しさを経験しているということだった。しかも、テールのように老衰のような穏やかな別れではなく、病気や闘病生活の末の別れというケースがとても多く、むしろ今回のような別れが、最も望まれる形だったということを改めて知ることとなった。非常に不謹慎な言い方を許してもらえるのならば「いい死に方」だったのかも知れない。これは、僕の心からの声ではない。そう納得させようとしている別の自分によるものだ。◆テールは、人間の気持ちやその場の雰囲気・空気を敏感に感じる子だった。テールもこんなに落ち込んでしまったぼくを見たら、きっと悲しむに違いない。わかってるんだけど・・・(2003.1.29)




  「飼い主の最後の仕事は、ペットの死を受け止めること」

 しばらくして、この言葉に出会うと、少しずつ自分でも落ち着きを取り戻しているのがわかってきました。
 テールだって、ずっと悲しんでいるぼくたちを見たら、きっと悲しんでしまうだろう・・・いくら遊んであげても、いくらたくさんの写真をとってあげても、結局は、まだまだ足りなかったと後悔することになるんだろうな。

 僕の母が最期を看取ったことが何よりだった。
 16年近くも生きて、大きな病気もせず、みんなに迷惑がかからないように、金曜日に亡くなるなんて、最期の最期までいい子だった。

 まだテールに触れたときの感触が手に残っている。
 あのにおいも、僕の鼻の奥に残っている気がする。

 どんどん忘れていっちゃうのかな・・・


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