8329 展覧会「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」

サントリー美術館で開催中の「逸翁美術館コレクション 蕪村・呉春と茶の湯の名品」を鑑賞してきた。阪急東宝グループ(現・阪急阪神東宝グループ)の創業者である小林一三は、その雅号を「逸翁(いつおう)」といった。大阪府池田市にある逸翁美術館は彼の膨大な美術コレクションを所蔵する場所であり、そこからジャンルを超えた名品を選りすぐって紹介するのが今回の展覧会だ。
展示は全5章の体系的な構成になっており、古筆から絵画、茶道具に至るまで逸翁の美意識が多角的に紹介されている。
「第1章 古筆と経巻」に並ぶ書は自分にとって解釈の難しさを感じる部分も多かったが、重要文化財に指定された品々に圧倒される。
「第2章 中世・近世の絵画と工芸」で何より目を引いたのは、重要文化財の《豊臣秀吉像》だ。歴史の教科書などで誰もが一度は目にしたことのある秀吉そのものの肖像画であり、「これが本物か!」と不思議な感慨が込み上げてくる。
続く「第3章 蕪村と呉春」で印象深かったのは、呉春の重要文化財《白梅図屏風》だ。藍色の糸で織られた布地に直接描かれており、その独特の深い背景がしんとした夜の静寂を演出している。梅の花も蕾から開花した状態まで細やかに描き分けられていて、時間の経過も表現されているのがすごい。
この展覧会でもっとも「小林一三らしさ」を感じたのは、「第4章 逸翁の茶道具」や「第5章 近代芸術家と逸翁」で見せた彼のユーモアと収集の思想かもしれない。
たとえば《五彩蓮華文呼継茶碗 逸翁銘「家光公」》。割れてしまった異なった陶片をつなぎ合わせて作られた「呼継(よびつぎ)」の茶碗なのだが、あえて接合部に金漆を施すことで唯一無二の造形美を作り出している。見事な繋ぎ合わせもさることながら、三代将軍・徳川家光が家康・秀忠の跡を「継いだ」ことに引っ掛けて、この茶碗に「家光公」という銘を授けているのだ。既存の器にストーリーを後付けして楽しむこの粋な仕掛けこそ、まさに一三の真骨頂と言えるだろう。

三砂良哉による《黒地歌劇雛祭楽譜蒔絵棗 逸翁好》も実に風変わりでおもしろい。茶道具である棗(なつめ)に描かれているのは、なんと一三自身が脚本を手掛けた宝塚歌劇の楽譜だという。
伝統的な茶の湯の道具に歌劇の楽譜をあしらうという突拍子もない組み合わせは、既存の枠組みにとらわれない一三ならではの遊び心そのもだ。
展示の後半には小林一三の生涯を辿るコーナーも設けられていた。
彼の事業や芸術に対する波乱に満ちた足跡を知ることで、コレクションの意味合いがより深く理解できるようになる。
宝塚歌劇の精神を象徴する「清く正しく美しく」という言葉を直筆の扇面に認める高潔さがある一方で、親しい仲間に見せるための掛け軸などには、破天荒で悪ふざけの効いた賛を残していたりする。この人間の振れ幅の大きさこそが彼の魅力なのだろう。
《是楠忠辞乎》→ 「これ、なんちゅう字や」、《夢嫡茶》→「むちゃくちゃ」
興味深いのは、他の私鉄経営者たちとの横のつながりだ。
東武鉄道の創始者である根津嘉一郎は小林より13歳年上だが、同郷(山梨県)の盟友として深く交流した。東急電鉄の創始者である五島慶太は9歳年下で、「阪急モデル」を徹底的に手本とした師弟関係にあった。
そして、この三人全員が日本を代表する大コレクター(数寄者)であったという事実は非常に興味深い。
自分は「根津美術館」も「五島美術館」も訪れたことがあるが、今回の展示を通じて感じたのは、二人のコレクションに比べて逸翁のコレクションはどこか「とっつきやすさ」があるということだ。
もちろん格調高い名品も数多く含まれているのだが、逸翁美術館の所蔵品には「いかにして人生や日常を楽しむか」という小林一三の人間的な面白さや性格、そしてサービス精神がそのまま投影されているように思える。





