8318 こういった人たちがいるのかも知れないという現実
インターネットのニュースを見ていると、ときどき「これは本気で言っているのだろうか」と耳を疑いたくなるような生記事に出くわすことがある。

昨日目にしたのは、主に二つの記事だった。
一つは、「お腹が痛くて駅のトイレを借りたら入場料を取られて損をした」と嘆く友人の話。
もう一つは、「通勤定期券を家に忘れて往復運賃を自腹で払ったのだが、翌日定期券を見せればその運賃は返金してもらえるのか」という疑問を扱った記事だ。
どちらのタイトルを見た瞬間も、呆れるのを通り越して思わず驚いてしまった。
駅の改札内に入る以上、入場券が必要なのは至極当然のことだ。
改札内のトイレを借りられたとすれば、それは単に駅側の好意や運が良かっただけの話であって、最初から「無料で貸してくれて当然」と求めること自体が筋違いだろう。
こうした考え方の背景には、コンビニなどで「トイレは誰でも自由に使えるもの」という文化がすっかり定着してしまった影響もあるのかもしれない。
しかし、施設やサービスを維持するためには清掃や水道光熱費といったコストがかかっており、誰かの管理と手間によって成り立っている。そうした背景に想像力を働かせられない人が一定数存在するのだと痛感させられる。
定期券忘れの件にしても同じだ。後から定期券を見せて返金が認められるとしたら、不正乗車が横行して鉄道の運用など成り立たなくなることくらい、少し考えれば分かるはずである。
これらの記事や質問者に共通しているのは、視野が極めて狭く、自分の都合だけで物事を捉えている点だ。
社会という大きな仕組みの中に自分が存在しているという「世の中の中の自分」という視点が、決定的に欠落してしまっているのだろう。
権利や便宜だけを当然のように主張し、裏側にある仕組みや他者への配慮を忘れてしまう人たちが、ごく身近に存在しているのかも知れないという現実を、あらためて突きつけられたような気がした。