8314 館蔵品展 さっぱりこってり江戸絵画

博物館・展覧会,芸術・デザイン

板橋区立美術館へ
板橋区立美術館へ

板橋区立美術館に行ってきた。鑑賞したのは「館蔵品展 さっぱり こってり 江戸絵画」というもので、

狩野探幽の筆数を抑え余白を生かした軽みのある画風を「さっぱり」、中国の花鳥画や西洋の遠近法や陰影法を取り入れた洋風画など濃厚な色調や細部への強いこだわりを感じる画風を「こってり」と位置づけ江戸絵画を紹介しているという。

さっぱりとこってりでコーナーが分かれてる
さっぱりとこってりでコーナーが分かれてる
興味深い展示の仕方だ
興味深い展示の仕方だ
”さっぱり”の展示
”さっぱり”の展示

あっさりは、本当に余白だらけなので、その余白を観る人が想像で補完する必要がある。

補完といっても余白に何かを描きこむという意味ではなく、余白にどういう意味があるのかということを理解するという意味だ。

あっさりの楽しみ方は、かなり上級者でないと難しいかもしれない。

ただなにも描かれていないという状態だけでは、絵を楽しむことはできないと思う。

そういう意味では、昔のこうした作品を嗜む人は、文字通りの“知識人”なのだと思う。

あっさりの大部分を占める空白はただの空白ではない。

意味のある空白なのだ。観る側はその空白を味わうだけの知識が必要なんだろうと思う。

狩野尚信《富士見西行・大原御幸図屏風》
狩野尚信《富士見西行・大原御幸図屏風》

狩野探幽の弟狩野尚信の作品《富士見西行・大原御幸図屏風》右隻に、歌人・西行が旅の途中で見た富士山の大きさに驚く場面が描かれている。

巨大な富士山と腰を抜かす西行、その上に浮かぶ月。

これだけでもこの物語がよく伝わってくるし、むしろこれ以上の情報はいらないとすら思えてくる。まさに余白が生かされていると思った。

”こってり”の展示
”こってり”の展示

続いて、こってりの展示。こちらは、作品のなかにいろいろと盛り込まれているから、その”解読”をする必要がある。

あっさりのところで、余白を自分のイメージ補完するのと同じように、描かれている内容を理解したり、何が描き込まれているのかを解析するという能力が求められる。

なぜ描かれているか、なぜ描かれる必要があったのか?それがわからないと絵は楽しめないかもしれない。

宋紫山《鯉図》
宋紫山《鯉図》

これはリアルだ。

特に鯉が口を開け目を見開いているところなど、わずか一瞬のできごとのはずなのに、まるで写真のように、これを見事に捉えている。

水中の鯉や水面など、一切の妥協がない描き込みを感じた。

田代忠国《貼交屏風》
田代忠国《貼交屏風》

田代忠国《貼交屏風》
これは現代のコラージュみたいで、とても斬新に見えた。

狩野派、球派、銅版画など、あらゆる作風の貼り合わせているのではなく、同じ作者が、これらを直接描き分けている。

 

伝 佐竹曙山《蝦蟇仙人図》
伝 佐竹曙山《蝦蟇仙人図》

《蝦蟇仙人図》
この展覧会のキービジュアルにもなっている、この作品。目を引くのが、この頭にカエルを載せた姿だ。

変わった構図だなと思ったら、このあと立て続けに出てきた。

蝦蟇仙人というのは古くからのモチーフなのだと初めて知った。

源鸞卿《蝦蟇仙人図》
源鸞卿《蝦蟇仙人図》
太田同玉《蝦蟇仙人図》
太田同玉《蝦蟇仙人図》
亜欧堂田善《山水人物図》
亜欧堂田善《山水人物図》

亜欧堂田善《山水人物図》

奇岩がそびえ立つ景観は、水墨画のような定番の構図ではあるが、かなり違和感がある。

これまでは、水墨画のように淡く描かれていたことで成立していたのに、岩の奇抜な造形を油彩特油の質感や光を追求してしまって、妙なリアリティが出てしまったから…と解説にあった。

ちょっと”こってりしすぎた”事例かもしれない。

司馬江漢《広尾親父茶屋図》
東京都渋谷区広尾付近に広がる、豊かな起伏のある田風景が描かれていて、ここに本当に「親父茶屋」という茶屋が実在していたらしい。

司馬江漢《広尾親父茶屋図》
司馬江漢《広尾親父茶屋図》
集う親父
集う親父

どうしても限られた数の館蔵品だけでテーマをまとめるのは、なかなか難しい気もするが、「あっさり」と「こってり」という見事な切り口で、鑑賞させてもらえて、とても楽しかった。

また、それぞれの作品にしっかりとした解説があり、しかも、ケースの奥ではなくて手前に、さらに大きめの文字で書かれていたので、とても読みやすいのも、大いに評価できるとおもった。

Posted by ろん