8312 最後はやはり人

時間が経つのは本当に早いもので、気がつけばもう9月に入ってしまった。
昨年の11月末に叔母が倒れ、入院を経て施設へ入所し、資産や不動産を適切に管理するための「家族信託」の手続きを進めてきた。
そしていよいよ、これまで伯母が住んでいたマンションを売却する契約をすることになった。
不動産の売却など人生で何度も経験するものではないため、分からないことや戸惑うことの連続だった。
「本当にこれで良いのだろうか」「もっと最適な進め方があるのではないか」と手探りで模索を続け、なんとか本日、売却契約の押印を無事に終えることができた。
契約の場では、手付金としてまとまった現金を受け取った。
これほど大きな金額の現金をその場で直に手渡される機会は滅多にないため、どこか不思議な感覚を覚えたと担当者の方に伝えてみた。
すると、これは業界の長年の慣習のようなものだと教えてくれた。
突然の現金受け取りに最初は少し驚いたが、考えてみれば売主・買主・仲介業者といった取引の関係者が一堂に会し、その場で確実に資金の授受を完結させるという意味では、もっとも間違いがなく確実な方法なのだ。
今でこそネットバンキングで即座に入金確認ができるが、そうしたシステムがなかった時代であればなおさら、現金の直接手渡しこそが唯一無二の完了の証拠だったのだろう。
もちろん、引き渡し時の残金決済はさらに額が大きくなるため、現在は銀行振込が主流になるとのことだった。
さらに話を聞いてみると、今回のような「家族信託」による売買取引は業界的にもまだかなり珍しいらしく、担当者の方にとっても今回で2例目だったという。
当然ながら、売買にかかわる人物の確認には慎重さが求められる。
社会現象にもなったドラマ『地面師たち』の件やその元となった事件は、当然ながら業界内でも大きな話題になっていたそうだが、不動産の取引では「売買の交渉に立つ人と、実際の所有者が異なる」というケース自体は決して珍しくない。
今回のように家族信託の手続きや契約書が整っていれば問題ないが、単に「家族の代理」として交渉に出てくるようなケースでは、必ず実際の所有者本人に直接会って意思確認を行わなければならないという。
また、取引相手が反社会的勢力と繋がりがないかといった点の確認にも、相当な神経を使うそうだ。
ちなみに、話題の漫画『正直不動産』も全巻読んだそうで、「同業者の目から見ても『そりゃそうだよな』と頷ける部分が本当に多かった」と笑っていた。
不動産業界といえばかつては「書類と押印」のイメージが強く、最近では電子化も少しずつ進んできている。
しかし、どれほど手続きがデジタル化されても、最後に残るのはやはり「人と人との泥臭い信頼関係」と「徹底的な本人確認」なのだと実感させられた。
『地面師たち』が描いたようなリスクと隣り合わせの世界であり、『正直不動産』が明かしたような本音と裏側が交錯する業界だからこそ、高額な資産を動かす取引の中心にあるのは、どこまでも「人間」そのものなのだろう。
今回の手続きを通じて、ふだん接することのない業界の奥深さと、そのリアルな現場の空気を覗き見た気がした。