8286 展覧会「中野浩樹 -水の記憶-」

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武蔵野市立吉祥寺美術館にて開催中の展覧会「中野浩樹 -水の記憶-」を鑑賞した。

水は人間にとって生命の源であり、最も身近な物質のひとつと言っていいだろう。

しかしそれゆえにか、風景の背景ではなく「水そのもの」を主役のモチーフとして提示する絵画作品には、これまで滅多に出会うことがなかったように思う。

本展は、形を留めず無限に変容する“水”を一貫して描き続けてきた画家・中野浩樹の画業を紹介する企画である。

展覧会「中野浩樹 -水の記憶-」
展覧会「中野浩樹 -水の記憶-」
展示室内
展示室内

会場では、描かれた視点の位置によって作品群が「水上期」「水面期」「水中期」の大きく3つの画期に分類されており、およそ10年の歳月の中で表現が変遷していく過程を追うことができる。

その中でもとりわけ心を惹きつけられたのは、「水面期」と称される時期の作品群であった。

《水の鼓動》2018年
《水の鼓動》2018年
《浮ーukuー》《層ーsoー》
《浮ーukuー》《層ーsoー》

キャンバス一面に密密と描き込まれた水の質感は、眼前に広がる圧倒的な存在感をもって迫ってくる。水を描き出すという行為は、実はその周囲や表面に漂う「空気そのもの」を描き出すことと同義であるのだと、画面と対峙する中で強く気づかされる。

じっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうな底知れぬ怖さを覚えるとともに、肌を刺すような冷たい水の触感や、水面が揺らぐ微かな静寂の音までが耳奥に聞こえてくるようだ。

どこかで過去に体験した記憶の断片と結びつくような、不思議な身体感覚を喚起される。

”水上期”の作品
”水上期”の作品
《水の空−I、−II、−III》
《水の空−I、−II、−III》
《透-tou-》シリーズ
《透-tou-》シリーズ

しかし、鑑賞を続けていくなかで、表現の推移に対してある種の感慨を覚えた。展示の後半で紹介されていた《透-tou-》シリーズは、視点が水上から水面、そして水中へと移行していく中でたどり着いた試みであり、解説によれば「水中の静けさと光の透過」を表現したものとされている。

そこでは、それまでの作品が放っていた水の圧倒的なインパクトやダイナミックさは、完全になりを潜めていた。

画家が様々な試行錯誤を重ね、新しい表現領域を模索しているプロセス自体は非常によく理解できる。

しかし、完全に個人の嗜好の領域ではあるものの、そうして変遷していった作風や近年の表現に対しては、正直なところ心が強く動かされない感覚があった。

水面期の作品群で感じられた、水という物質が持つ根源的で圧倒的な強さが影を潜め、多様な概念や意図的なメッセージ性が画面に盛り込まれ過ぎているように見受けられたからだ。

もちろん、表現者が一つのスタイルに留まることなく変化を求めるのは当然であり、同じ水面だけを描き続けるわけにもいかないだろう。

これまで目にしたことのない特異な表現世界を提示してくれた作品群だからこそ、この「水の記憶」がこれから先どのような展開を見せるのか、今後の変遷に期待を抱かせる展示であった。

Posted by ろん