8271 トリカブト

「あそこに生えているあの草、トリカブトらしいよ」実家の隣家にある小さな庭に伸びた、高さ1メートルほどの草を指差しながら、父がふと呟いた。
トリカブトといえば、誰もが一度はその名を耳にしたことがあるであろう有名な有毒植物だ。
もっとも深く記憶に刻まれているのは、日本中を震撼させた「トリカブト保険金殺人事件」だろう。
巨額の保険金を目当てとした計画性や、フグ毒(テトロドトキシン)と組み合わせることでトリカブトの毒の即効性を遅らせるというトリックの巧妙さなど、当時の報道は大きな衝撃をもって受け止められた。
この事件こそが、一般社会にトリカブトという植物の存在と恐ろしさを強く印象付ける決定的なきっかけとなったのは間違いない。
しかし、目の前の庭先に何気なく存在しているほど身近な植物でありながら、なぜ近年のドラマやサスペンス作品などではあまり描かれないのだろうか、と疑問が湧いた。
気になって検索してみると、インターネットの検索エンジンやAIツールでは、犯罪行為への悪用を防ぐ観点から、トリカブトの毒に関する詳細な情報の検索結果の表示に制限がかけられるケースが多いことが分かった。
ドラマなどの映像作品においても同様で、身近に入手・採取できてしまう現実的な危険性があるがゆえに、フィクションの題材として過剰に取り扱うことが自主規制されている背景があるようだ。
フィクションの世界で描かれないのだとすれば、はたして昭和の事件を知らない若い世代は、この毒草の存在を認知しているのだろうか。
そう疑問に思い、会社で若い同僚たちに直接尋ねてみた。
すると意外なことに、存在すら知らないという者はごく一部にとどまり、多くの若者が「トリカブト」という名称と、それが強力な毒を持つ植物であることを認識していた。
どこでその知識を得たのかと聞いてみると、どうやらテレビの「過去の惨事や事件の再現VTR」を通じて知ったようだ。
表現の規制によって、フィクションの物語からは姿を消した毒草の知識が、実話の記録である「再現VTR」という別の媒体を経由して、図らずも次の世代へと語り継がれていたのだ。