8269 生の理不尽と示唆

PC・携帯・ネット,物思いに耽る(雑感)

チャンネル登録していた…
チャンネル登録していた…

編集者であり評論家の山田五郎氏が亡くなった。彼が発信していた動画チャンネルは、日常的に登録して閲覧していたコンテンツのひとつだった。

熱狂的なファンとまでは言えないが、訃報に接した際の衝撃は思いのほか大きかった。

画面越しの言動からは、常に「もっと深く知りたい」「もっと広く伝えたい」という、知的好奇心と表現への情熱が強く伝わってきたものだ。

それだけに、まさかご本人がこのような病魔に倒れるとは夢にも思っていなかっただろうし、急速に病状が悪化していく過程で、どれほどの無念さと悔しさを抱えていたことだろうかと胸が痛む。

最後の配信となった動画の中で、ご本人は次のように語っていた。

「この俺がだよ、飯が食えなくなって固形物が食えなくなって。この俺がだよ、タバコ吸えなくなった。もう人間立って歩いて飯食えているうちは死なないと思ったけど、もう死ぬよ。立って歩くことも飯食うこともできねぇ。そんな状態です」

「俺が1番信じられないよ」

画面から滲み出る「まさか自分がこのような事態になるとは」という切実な思いがひしひしと迫ってくる。

人生とは、時にあまりにも残酷で、容赦がない。

決して自暴自棄のような意味合いではなく、自分自身の生命に対して「何が何でも生にしがみつく」といった強い執着が日常的にあるわけではない。

しかし、画面を通じて親しんでいた人物の死を突きつけられることで、死という存在がいかに身近に潜んでおり、いつ唐突に訪れるか分からないものであるかを、あらた実感させられた。

一見するとちっぽけな心構えに思えるかもしれないが、自分が生きているうちに「やりたいと思ったこと」や「自らの素直な思い」は、可能な限り誤魔化さず、できるだけ早く行動に移していくことが何より重要なのだろう。

万が一の事態が明日訪れたとして、これまでの歩みを振り返ったときに「やれるだけのことはやった」と、わずかでも自分自身に納得ができる状態でいられるかどうか。

もちろん、いざその時が来れば何らかの後悔は残るのかもしれない。

それでも、自分なりに全力を尽くしたと納得できる人生を紡いでいきたい――訃報から、そうした大切な示唆を与えられたような気がしてならない。

心からのご冥福をお祈りしたい。

Posted by ろん