8264 抜け殻のような…
今日は川越で過ごす。
ちょっとした買い物があり、ディスカウントストアの「ロヂャース」へと足を運んだ。
子供の頃、週末になると両親と妹と4人でこの店を訪れるのが、我が家のルーティーンだったような記憶がある。
しょっちゅう通う日常の場所であったため、当時はそれほど特別な意識を持っていたわけではない。
しかし、普通のスーパーとは一線を画す少し変わった珍しい商品や、「業務用」と大書された大型の品々など、ディスカウントショップならではの独特な品揃えは、子供心に妙にテンションが上がったものだ。
買い物の帰りに、ときおり近くのラーメン屋などに立ち寄ったことなども含め、当時の楽しかった記憶がある。

そんな思い出のロヂャースに、父親と母親、そして自分の3人という顔ぶれで訪れたのは、実に20〜30年ぶりのことであったかもしれない。
最後に来たころと比べて、建物の外観自体はほとんど変わっていないように見えた。
しかし一歩店内に足を踏み入れると、平日という時間帯のせいもあったのだろうが、客の姿はまばらであった。
かつてのような人々でごった返すような熱気や混沌とした雰囲気は影を潜め、すっかり落ち着いた、どこにでもある一般的な大型スーパーのような空気。
かつての面影を残す空間を歩きながら、ふと考えさせられたことがある。
こうしたよく行っていた建物や思い出の風景というものは、跡形もなく完全に消え去ってしまうのもつらいものだが、当時と変わらぬ姿でそのまま残されているのもまた、まるで活気を失った「抜け殻」を見ているようで、どこか切なさを覚えてしまうということだ。
ある程度の年齢を重ねると、過去の懐かしい記憶というものは、単なる楽しさだけではなく、得も言われぬ一抹の悲しみをともなうことが多くなる気がする。