8258 展覧会「アニマル&モンスター かわいい・怖い・ちょっと変」

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大田記念美術館で開催中の展覧会「アニマル&モンスター かわいい・怖い・ちょっと変」を観賞した。

本展では、浮世絵の画面に登場するさまざまな動物や妖怪、架空の生き物たちが紹介されている。

江戸から明治にかけての時代には、当然ながら現代のような動物園はなく、ペットの種類も決して多様ではなかった。

しかし、それを補って余りあるほどに、当時の人々が思い描く想像上の動物や妖怪のバリエーションは実に豊かである。

それらを見渡していると、現代と変わらないどころか、むしろ当時の方が視覚的にも精神的にもずっと賑やかな時代だったのではないかとすら思えてくる。

一方で、生き物や異界の存在に対する接し方や距離感については、現代と地続きの共通点を見出せる部分もあれば、まったく異なる感覚に驚かされる部分もある。

そうした時代ごとの心理的な違いや差みたいなものを感じ取りながら鑑賞した。

館内は一切の写真撮影が不可となっているため、特に印象に残った作品についてここに書き留めておきたい。

大田記念美術館
大田記念美術館
展覧会「アニマル&モンスター」
展覧会「アニマル&モンスター」
楊洲周延 《世界第一チャリネ大曲馬ノ図》1886年(明治19年)
1886年(明治19年)にイタリアのサーカス団「ジョゼッペ・チャリネ」の一座が秋葉原で日本初の洋風サーカス興行を行った際の熱気を描いた作品である。画面の中で最も目を引くのは、象が人間の頭を大きな口でパクリと咥え込んでいる描写だ。当時の観客を驚かせた?実際のサーカスの演目の一幕だったのだろうか。歌川国芳《東都名所 両国柳ばし》1832~33年(天保3~4年)頃
特定の飼い主を持たず、町人から餌をもらいながらコミュニティ全体で暮らしていた、いわゆる「町犬(まちいぬ)」の姿が描かれている。作中では、暗い夜道で機嫌の悪い町犬に遭遇し、恐怖している人間の姿がリアルだ。決して人間にとって呑気で都合の良い動物ばかりが存在していたわけではないという、当時の様子をを伝えている。歌川芳豊《中天竺馬爾加国出生新渡舶来大象之図》1863年(文久3年)
1862年(文久2年)にアメリカの船によって横浜へと連れてこられた象を描いたものだ。当時、本物の象は極めて珍しい異国の珍獣であり、「一度見ればご利益がある」と噂されて爆発的な人気を博したという、当時の見世物文化の熱狂ぶりが窺える。

作者不詳《大津ぶれぶし》1855年(安政2年)頃
当時流行していた「大津絵節」という俗曲の響きを、安政江戸地震による世の中の混乱に引っ掛け、「大潰れ節」と言い換えた替え歌の風刺画である。画面の中で浮かれている鯰は、地震後の復興特需によって図らずも賃金が高騰していた職人たちの姿を辛口に風刺しているのだという。

歌川国芳《欲といふ獣》1847~48年(弘化4~嘉永元年)
人間の内に秘められた「三十の欲」が一つに集積して誕生したとされる、架空の怪物の姿である。その身体には「金がほしいナア」といった身も蓋もない欲望の言葉が直接書き込まれている。「皮の厚い面(面皮の厚さ)」や「金に眩む目」など、文字通り身体全体が人間の醜い欲まみれで構成されたデザインが秀逸だ。

歌川国員《東海道五十三次内 大磯 をだハらへ四り》1853年(嘉永6年)
大磯の伝承に登場する、虎の四肢と尾を持つ不思議な石「虎子石(とらこいし)」を描いたキャラクター的な作品である。あらためて実物の作品を目の当たりにすると、記憶よりも随分と画面が小さく感じられた。以前、大磯まで現物を見てきたが、本来はただの大きめな石なのに、「虎」のインスピレーションを得て奇妙な動物を作り上げてしまった発想はすごい。それが今では、当館のイメージキャラクターみたいになっている。

落合芳幾《善悪思の案内 》1860年(万延元年)
顔の部分に大きく「善」あるいは「悪」の文字が書かれた、小人か妖精のようなキャラクターたちが無数に登場し、互いに激しく引っ張り合っている構図。人間の思考の本質は昔も今も変わらないのだと実感させられる。同時に、「悪」の方が数多く描かれ、優勢に見えるあたりが妙に現実的でリアルだ。

Posted by ろん